新緑の山旅 2泊3日 その1

高島トレイルに着いたのは、GWの初日。東京から来る友達を迎えにマキノ駅に向かった。

数日前から睨めっこした天気図では、雨が追いやられ、今日から3日間は好天の予報だった。

久しぶりに会った友人は、いつもと変わらないおとなしい笑顔で待ち合い場所近くに立っていた。時々LINEで会話しているので久しぶり感が少ない。買ったと言っていた新しいザックを背負っていた。

駅の駐車場に車を停め、1時間後にやってくる登山口までのバスを、荷造りや駅周辺の散策で時間を潰して待っていた。

片道220円のコミュニティバス。地元の人優先。

バスの時刻が近くなると、沢山のそれらしき人たちが集まってきた。

日帰りから、同じように縦走するような装備の人、昔ながらのスタイルから流行りのULスタイルまで。年齢層はじぶん含めてやや高め。

どうやら渋めの山らしい。新緑のような人は見当たらなかった。

やがてやってきたバスは定員ギリギリのハイカーを詰め込み、時間通りに愛越発登山口へ。

解放されたように降り立った人たちが、いつのまにか汗ばむ暑さになっている山に、次々と入っていった。

私は真っ先に飛び込みたかったのだが、歩くように当たり前に写真を撮る友人と共に、後ろの方から出発した。

せっかく楽しみにきてるのだからと急ぎ足だった自分に反省しながら、彼との旅のリズムを思い出しゲレンデの急登を登っていった。

やがてゲレンデの芝生は消え、全て新緑に包まれる山の中を歩き始めた。

先に登って行った老若男女は一向に姿が見えず、滋賀県の人は歩くのが速いのか?などと口にしながら歩いていった。

遠くにもやがかった琵琶湖が見えていた。

明王の禿というヘンテコな地名がつけられた場所で、バスの中にいた山と道コーデの男性と話をした。福岡からこられたこの方は晴天を喜んでおられた。

禿。確かに草木がない。

この人、以降、黄色い人や山と道の人と私たちの間で呼ばれる。

少し先の鉄塔の下で風を避けながら、カップルの邪魔をしないように昼を食べた。ここはマキノ高原から近く、子どもや、とても若い方々、小さなザックの方で賑わっていた。汗をかきかき少し大きい荷物でやってきたのが小っ恥ずかしかった。

遠くに青い服着た友人の姿。

休憩後に背負ったザックの重さに体がびっくりしていた。久々のテント泊荷物にまだ体が馴染んでいなかったようである。

この日は大御影山を越えたあたりを泊地に考えていたが、まだ明るく体力にも余裕があったので、先の大日岳でテントを張ることにした。

止まったのは日本海と夕焼けのセットが眺められる場所だった。

私はツェルト、友人はクロスオーバードーム。2人分の敷地がなく声が聞こえる程度に離れて設営。落ち葉でフカフカなのでペグが効きにくく、大きな石も落ちておらず8分を意識していたので建て始めに手間取った。

ご飯までの間、少しの空き時間。友人は夕焼け撮影、私は少し先の山道を歩き、開けたところで腰掛けぼーーーっとして、薄暗くなる山に溶け込もうとした。スマホはツェルト内に置いてきたので写真はないが、風景がただただシンプルて綺麗だったのを覚えている。

泊地に戻ると、湯を沸かす音がしていた。私もすぐさまご飯の用意にとりかかった。定番ポテチラーメンにチーズやナッツ、乾燥野菜を入れたものとフリーズドライの味噌汁。飛行機に乗らなかったので今回はガス缶を使った。早く湯を沸かすにはこちらがいい。

友人から「いぶりがっこいりますか?」と声が飛んできた。

塩っ気と燻製の香りを思い浮かべて即答。湯を注ぐ前の器にたっぷりいただいた。半分をその場で後は戻って湯をかけゆっくりといただいた。いぶりがっこを山に選ぶ彼の選択が愉快だった。

ご飯の後は音を立てて歯を磨き、その日撮った写真を見返して夜8時には就寝。落ち葉のお陰で快適寝床であった。

が、そこで携帯のバイブ音。友人のものかと思いきや、なかなか止まない。止んだと思ったらまたすぐになり始める。まさか寝落ちした友人の目覚まし?と思い「マナーモード鳴ってへん?」と尋ねたら、「だいぶ離れたところで何か鳴いてますね、強いです」と。

鳥なのかカエルなのか。かろうじて繋がるインターネット検索で、“バイブ音 鳥”と検索してもインドネシアの鳥しかヒットせず。

その間も ヴーヴー ヴーヴー ヴーヴー

とうとう夜中に目覚めた時も、朝起きた時も聞こえていた。ありゃいったいなにだったのかいまだに謎である。

あいつ、いつ寝てんねんと突っ込みながら朝の支度し4時に出発。

山の上は早く明るくなる。予定より1時間早く先に進んだところで泊まったので余裕を持って迎えた朝であった。

そして始まる撮影タイム。朝の写真時間を過ごす友人と少し離れて先に進んだ。こう書くと、私は景色に関心のないただ歩くだけの人のようにうつるかもしれないが、そんなことはない。めいいっぱい景色を目から取り込んでいるつもり。一緒にきてるのに離れるの?と思うかもしれないが、よくある話。友人は必ず迷うことなく追いついてくるし、私もほどほどにして待つ。時々不安になって戻ることもあるが。

2日目は1日目よりさらに暑かった。コースタイムを疲労抜きで換算していたので、時間に追われたハードな山歩きとなり、綺麗なのだが変化の少ない景色がハードさを強調させた。

一度だけ車がビュンビュン通る峠道に出た時は、赤い自販機を探してしまった。

コーラー飲みたい一心

まぁ、通過するだけのような峠にそんなものはなく、農業用の貯水槽で身体を冷やし、道端のイタドリをかじり先を急いだ。お昼を過ぎには暑さと里山のアップダウンに疲れ、水場でくっついたであろう山ビルにMAX血を吸われ、笑うしかない状態になっていた。たびたび近づく黄色い人も、この辺りからかなりペースダウンしていた。

けども相変わらずブナの新緑は綺麗で、森の中は涼しく、分岐や小ピークごとに、感嘆詞を交わしては歩きを止めずに進んでいった。

泊予定地の木地山峠が近づいてきたころ、ようやくペースを落とし夕日を眺めながら、何とか間に合ったね^_^と、ひらひら下っていった。

木地山峠。泊まれるみたいと調べていたがびっくりした。

祠の前には2畳程のスペース。テント一張り。おおぅ、冗談きっついわーと思わず言ってしまった。

が思い違い。先に進むと既に5軒のテント。張る場所があったのだ。広く平坦な場所は埋められており、またもや分散テント。今度は声も届かないところになってしまったのは遅く着いたせい。

疲れているけどなるべく早くツェルトを建て、歩いて8分とされる水場に移動。匂いうつりのする友人の浄水器は封印し、一つの浄水器で3.5lを濾過し帰宅。

疲労からくる眠気を堪えて湯を沸かし、またもやポテチラーメン。半分食べたら眠気がやってきめギブアップ。残りを朝ごはんに回して、シュラフ出すのがめんどうなので服を全部着込んで歯磨きして就寝。

寒くて一回起きたがぐっすり6時間。家に居るよりよく寝ている。

3時半にエスケープヴィヴィでもよかったなと思いつつ起床。

ゆっくり準備し、お湯を注いで温め直したご飯に、ココアを飲む余裕を持って朝5時、3日目スタート。

コースタイム70%で13時台のバスに間に合う計算であった。

続く

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