さて、このレースを知ったのは7年前、たまたま地元の図書館にある“激走!日本アルプス大縦断”というNHKが出版した本を読んだ時のことです。そのスケールの大きさに驚き憧れ、レースのファンになりました。さらにDVDや大会報告書を購入し自分が出る姿を想像したこともありましたが、遠い夢のようなものに捉えていました。ところが、その翌年自分の存在を揺るがすような出来事があり、自分自身が嫌になり生きていく自信を持つことができなくなってしまいました。このままではまずいと思い、生きる希望を持つためにも強力な目標が必要となり、そこへ閃いたのがこのTJARでした。
同じ頃に、2016年大会に出場した選手の完走報告会に参加する機会があり、一ファンだった私が、その選手の「オリンピックは無理でもこの大会なら努力すれば出られる」という言葉に感銘を受け、気持ちを固めました。
そこからは、完走を目標とし必要な能力を伸ばすべくトレーニングを開始しました。
まずは走力ですが、マラソン3時間20分以内、もしくは100kmを10時間半以内という要件を満たすひつようがあるため、マラソンのトレーニングを行いました。といっても職場まで時々走って行ったり、仕事後に軽くジョギングをする程度でした。それまでにも体力作りの一環としてトレイルランニングをしていましたし、自転車競技で培った体力もあったので、なんとかなるだろうとこの要件を甘く見積もっていました。またアルプスに行ったことがなかったので、2018年10月馬場島から剱岳に登ってみました。コースタイム9時間のところを3.5時間で登れたため、走力や登坂力があると思い、その翌年冬にマラソン大会にエントリーしたところゴールまでに4時間10分もかかってしまい、勘違い甚だしかったことに気がつきました。そこから、強度、走る距離、時間を少しずつ増やしていきました。2022年には3時間23分までタイムが縮まりましたが、あと3分足らずエントリーを見送りました。そこからはスマートウォッチを使い数値でトレーニングを管理するようにし、ようやく2023年に要件をクリアしました。
山で必要な能力については、年間を通して丹波山岳会の先輩方に地図読みや天候判断、装備選定や山の生活技術など多岐に渡ることを教わり、それらを応用して夏休みに1泊から2泊の単独行アルプス縦走を重ね、春や秋は日本各地の長期山岳縦走路を歩き、自分に必要な装備や水分、食事量を見極めていきました。下山後、登山口に置いた自分の車まで走って行ったり、自宅から神戸に走って行った後に六甲縦走するなど、夜間を通して長時間行動するトレーニングを毎年行いました。他にも自宅の庭で何度も4分以内にシェルターを建てる練習を行い、寒冷期には建てたシェルターで寝て、夜間のアルプスを想定した気温10℃前後で寝るために必要な道具の見極めも行いました。さらには、暴風雨の中氷ノ山の稜線を歩いてレインウェアの着方を工夫したり、休憩後は忘れ物や落とし物が無いか、トイレに座る前には開いたポケットに落としたら困るものは無いかチェックすることを習慣化させました。近くの山であっても紙地図を持参し地図読の訓練も繰り返し行いました。おかげで地形図を見ながらご飯が食べられるようになりました。身の安全は確保しながら装備をなるべく軽くする必要もあったため、山道具に関する情報収集にも時間を使いました。
完走を目指していることを職場や友人完走に伝え、各地の神社や七夕、流れ星、ご先祖様に祈願し、前年度からは山好きとしては考えられないくらい有給取得を最小限に抑え2024年を迎えました。5月から始まる書類選考とその後の抽選を通過し、初夏の実地選考会ともう一度の抽選を潜り抜け参加が決まりました。職場では上司やトレイルランニングを行う医師に報告し、同僚にもDVDを観てもらい準備を進めていきました。
そしていよいよレース当日、といっても真夜中0時にスタートなので、徐々に緊張感の高まるスタート会場でそれに呑まれないよう気持ちを保ち号砲を待ちました。真夏の早月川河口にあるミラージュランドには、スタートを待つ観客がたくさん集まり始めていました。