高原キャンプから、翌日はイワナ釣りと簡単沢登りだった。

先々週はゴルジュ雪渓に阻まれ引き返した沢。
今回は、僅かにスノーブリッジを残すのみで、雪に押し倒された木々に埋もれる春の沢。

源頭に近づくと入れ食い状態に。最後の滝の下では太い金色の雌イワナに会うことができました。それまでの沢に満足してたので即リリース。水がほんと透明で「綺麗」の連発。

お昼は定番カップ麺。途中採ったギボウシを湯がいて投入。


最後は千島笹の藪をかき分け林道に。
いつもここにはいい時間が流れています。

元祖山になりたい男の、山になるまでの日々。
高原キャンプから、翌日はイワナ釣りと簡単沢登りだった。

先々週はゴルジュ雪渓に阻まれ引き返した沢。
今回は、僅かにスノーブリッジを残すのみで、雪に押し倒された木々に埋もれる春の沢。

源頭に近づくと入れ食い状態に。最後の滝の下では太い金色の雌イワナに会うことができました。それまでの沢に満足してたので即リリース。水がほんと透明で「綺麗」の連発。

お昼は定番カップ麺。途中採ったギボウシを湯がいて投入。


最後は千島笹の藪をかき分け林道に。
いつもここにはいい時間が流れています。
今月末から、九州脊梁山脈の縦走に行く。ファストパッキングスタイルである。
ところがザック選びに迷っている。
候補は
OMM classic32
サヤマワークス ファスト30L
一応トレイルブレイザー30
この3つで考えていたが、昨夜寝る前にマジックマウンテン K2プラスⅢがあったことを思い出した。イワナ釣りのザックである。
改めて眺めると、このザック、流行のガレージブランドのものと比べると分かりにくいがカッコいい。
軽く、シンプル、まずまずの背負い心地。
ダスティンホルダーを着けたら雰囲気十分。
今回はダブルウォールテントを使いたいことと、食糧が多く、水場が少ないため予備の水分を持つことを考えると、30ℓでは容量が不足する。
とはいえ36Lは大きすぎる気もする。先日買った山と道の追加ポケットが不要になってしまう可能性がある。
ともかく荷を詰めて再考したい。こうやっている時間が楽しい。
TJAR参加申請に必要なマラソン3:20切り。昨日の結果は3:23だった。たった3分だが大きな意味のあるものだった。
フルマラソン4回目にしても目標を切れなかった。最後の3km、どんなに力を振り絞ってもペースを上げられなかった。残るマラソン大会は遠方開催や100km超え。
今の力では参加要件を満たしていないということ。しかも最低ラインの要件を。
ゴール後に、体重1kg落としたら3分早くなるって聞いてたけど、減量できてなかったなあ、TJAR諦めた方がいいんかなあ、また2年後にやる価値はあるかな、長距離走る練習足りなかったなあ、タイムを気にしたアルプス山行は楽しくないよなあ、やめた方がいいんちゃうん?とネガティブな言葉がたくさん浮かんできた。言い訳でもある。
疲れた頭で考えてもロクなことがない、誰かに相談しよう!と気持ちを切り替え帰宅した。
挑戦しがいがありますね、TJAR。
Facebook上で下北山村からのお知らせが届いた。
スポーツ公園の桜が満開だそうな。
土曜日、朝ご飯の後は予定なし。下北山村まで3時間と少し。部長に言わせると行かない理由がない感じ。
で行ってきた。

お知らせ通りの桜満開。小雨降る曇り空が少し残念だったけど、蜻蛉の滝も不動七重の滝も見てこれたので満足感高め。
幸せな記憶がたくさんあるところだから、半分くらい寂しい気持ちも一緒の旅。
奈良を近くに感じさせる、下北山村の春でした。お土産は奈良檜のしゃもじ。
義務感から行動してるのかも
って思わせるような振る舞いは
活動を続けるエネルギーを奪ってしまう。忙しくてそうなるなら、忙しくさせている他の事より、優先度が低いんだよってことを、かなり分かりやすく相手に伝えてしまう。
たとえそんな意志がなかったとしても、意思のないところに行為は生まれない。ほんとに意志がないなら、行為を少し振り返ってみてほしい。
その辺をないがしろにすると、終わりの時期は早まってしまう。
だから、早く終わらせたいならそのままいればよくって、しばらくしてたら、どんなに鈍感な人にも伝わるはず。
あぁ、辞めたいんだなって。
そして、相手をコケにするってそういう事なんだと思う。

何でもかんでも炭酸たくさん封じ込めて、強力な刺激を追求したかのような炭酸水ばかりが目につくが、特に田舎のコンビニやスーパー、弱炭酸水も欲しい人はいないんだろうか。
ヨーロッパの炭酸水は微炭酸でごくごく飲める。好きなペリエとかビシーセレスタンとかゲロルシュタイナーとか。
私はこっちが好きだから、強の方は振って、気を抜いて飲んでいる。
朝ごはんのために、昨夜から豚汁を用意した。
一生懸命。
美味しいって言ってもらえた。子どもにも大人にも。
嬉しかった。
一番嬉しかったのは、隣にいた人の美味しいだった。作ってよかった。。

片付けるときは、次そこを使う人がなるべく困らないように、不快にならないように、そして自分が困らないように意識してます。
だから、片付ける方法があり、動かせる手足があり、時間もあるのに片付けられてないと、思いやりがないんだな、思いやってもらえてないんだなと悲しくなり、怒りを覚えることすらあります。というか、家の中だと怒りが先に来ます。
忙しいなら仕方ないと思うのでしょうが、ボランティアで忙しくして、家の中がゴッチャだと、仕方ないとは思えません。
出したものがそのまんま、いつか片付ける算段でもあるかと思いきや、ずーーっとそのまま。埃かぶっててもそのまま。
まあいっか、の積み重ねがありありと、そこにたたずんでいます。
次使う人なんかどうでもいいや、もしくはそこまで思わなくても、自分の面倒臭さを、ちょっとでも相手の不便さより優先させるその心理に、怒りを感じるのは私だけでしょうか。
ほんと、自分の目の届く範囲の家で、暮らしたいなと思う気持ちが強くなってきます。
思いやりがなくても片付けはできそうですが、共同生活を送る中で片付けないことは、思いやりの無さ、不足であると思います。ただ1人を除いてそれは私の中の許し難いポイントな様です。

子どもの頃から自分の部屋がない。いま住む家にある自由に使える場所は、山道具置き場である土間の一角と、ノートパソコンを置いている本棚の上のみである。
5年前リフォームした時、わたしの部屋を設計図に載せるかどうか、立ち話程度に話題になったように思うが、忘れてしまった。
空が灰色の今朝、私は食卓難民になってしまった。メインテーブルは娘たちのままごとに占領され、台所のミニテーブルを使いかけたが、妻が洗い物にやってきたので避難することになった。
わたしは、パンを載せた木の皿と、コーヒーの入った赤いカップを持ち次の食卓を探した。
埃除けで被せているランチョンマットに呼び込まれ、たどり着いたのはノートパソコンの上であった。
薄い擦りガラスの窓際にあるここは、まだこの季節、長居するには少し寒い。
それでも椅子を持ってきて食べかけると、パラパラと雨音がし始めた。
加えて窓の外から、さきほど家を訪ねてきた村の男性と、別の女性の話す声が聞こえてきた。内容は聞こえないが、今やりたくないこと上位にランキングする近所付き合いを連想させられた。わたしは、急き立てられるように食べ物を全て口に入れ、また避難を開始した。
