泳げる沢、潜れる沢に行きたい。
神崎川に行きたい。
願い過ぎて気分悪くなってきた。
明日は何をしようかなあ。

元祖山になりたい男の、山になるまでの日々。
泳げる沢、潜れる沢に行きたい。
神崎川に行きたい。
願い過ぎて気分悪くなってきた。
明日は何をしようかなあ。
子を連れ、横行渓谷に川遊びに行きました。
水がすごく澄んでいて、すごく沢に行きたくなりました。
そのあと大段が平に行ったらソロテント泊の人がいて、空気がヒンヤリしててテント張って遊んだら楽しそう、あの小屋で朝ごはんたべたら美味しそうって思いました。
失敗しました。

散髪をした。
いつもの店で。
いつもの丸刈り。長さは
10mm。
とお願いした。そう思っていた。
店長が1mmですか!?
って聞きなおしてくれたのに
10mmですか?だと思っているものだから、
あ、もう少し短くっ
てリクエストした。
それじゃあ0.9mmにしますねって言われて、
サイズ調整ダイヤルを0.9に合わせられるのをこの濁っている目で見て、
はいって答えた。
早速バリカン入刀。
私は髪を切るとき眼鏡を外している。
半分くらいバリカンが入ったところで、鏡に不明瞭に映る頭が、いつもより白いことに気がついた。
なのに、顔が日焼けしてるからその差で白いんだ、なんて思っていた。
が、もう一度鏡を見た。時間をかけた二度見である。
やはり、白い。そしていつもより毛が短い。
だから近眼は困る。
そして、ケープに残る刈られた毛がいつもより長い。
何気ない風を装って9mmですよね?って聞いてみた。
店長の慌て具合が瞬時に伝わってきた。
そこで0.9mmである事に気がついた。
すごく謝られたが、店長は悪くない。声で確認し、いつもは見せないサイズ調整ダイヤルまで見せて長さを確認してくれた。
寝不足でぼんやりしている私が悪いのだ。
しばらく無宗派の坊主。
そして、この頭で保健指導をするのである。
迷える肥満体に光を示すことができるだろうか。
それはさておき、このお店でこんな雑誌を見かけた。
愛石
その名の通り石を愛する、
そう、石、テーマは石である。
あちこちにある石、
その石を愛してやまない人達の、いわば同人誌。久しぶりに好奇心が騒いだ。

マニア好きな私はしばらく話し込み、滝石もいただき、いつもより涼しい、いや、陽が射してヒリヒリする頭で帰宅した。
あぁ、6日は免許更新日だ。この頭で2年いくのか。。
UTMB2019のライブ放送を見てたら眠くなり、床にマットを敷いて寝ながら放送を聞いていた。
気がついたら朝の5時。久しぶりにこの時間に起きている。
ライブ放送は中断していた。しばらくやっているところを探すも見当たらず。
チャットによるとウェブサイトで順位等は見られるらしいが、放送はお休みしているらしい。
少し背中が凝ったけど7時から再開なんてコメントもあるから期待して、家事でもしてみようかと思う。

山と高原地図で白山地域を購入した。
高く、火山の周囲なので、大きな滝がたくさんある。
日本三名爆の一つなんてのもある。
加賀禅定道。
ファストパックとランニングで行けば日帰りできないかなあと企み始めた。
地図買ってよかった。
妻に初めて食事にタンパク質を増やして欲しいと伝えた。
今日は残業を終え、職場近くの公園で9.8kmランニング。
近ごろ内転筋を意識して歩く、立つようにしているので、その効果を確認しようと思って走った。
今日のところは右膝の外側、腸脛靭帯炎で痛むところの違和感が起きなかった。
意識の賜物だと嬉しいけど、まだよくわからない。
気を抜くと、内転筋への意識が飛んで行ってしまうので、続けて日々意識することが必要そうである。
自転車を漕ぐ中で、脚の内側より外側についたバランスの崩れた状態が、膝に悪影響をもたらしたのだろうか?とか、しばらく自転車乗ってないから、筋肉が落ちてきてバランスが取れてきたのだろうか?とか色々考えながらのトレーニングだった。
終わったら手抜きであるが、ウイダーのプロテインで糖質とタンパク質を補給。
帰ってタンパク質の増えた夕飯をいただこうと思う。
ふと手が空くと頭の中を占めていた考えが、中身が変わって少し前向きになってきたことも、走りながら感じたことであった。
やっぱり走らないといけない。
先日、悩んでいる時にはこれがオススメって教えてもらったコアトランスフォーメーションを少しだけやってみようと思う。
半日くらいかかるから、時間の取れる時に、静かにできる時にって教えてもらった。
今日はそんな時間は取れないから、少しだけやってみようと思う。
僕は、自分がした事が何を望んでした事だったのか、その望んだ理由は何故だったのか?その何故を繰り返して、私の行動や思考の芯の部分に何があったのかを捉えてみたい。
繰り返した思考はメモを取っていかないと忘れるみたいだから、それはまた改めてやってみようと思う。
寂しいけど少しスッキリした気持ち。
スッキリするとは思わなかった。
私が淵に沈んで、
潜ってくる子どもとタッチ。
我ながら面白い絵が撮れたと思う。
長女は、
水に関して思い切りがよい。運動神経がよいのか、身体の使い方の飲み込みも早い。
昔、家族で寅さんを見て、
自由に定職を持たず旅に暮らす姿に
「いいなぁ、こんな大人になりたいなあ」
って呟いたら、
「何言ってんの!こんな大人になったらダメだよっていってるのよ!」
って真っ向否定されたことを思い出した。
あぁ、そうなのか、ダメな大人の見本なのかって無理に理解しようと、その時はしたのだと思う。
でも今になって思うのは、自由、
痛みを伴っても、寂しさがあったとしても
ぼくは自由にあることに惹かれる性格なんだということである。
けれども、気がついたら全く自由に、というわけにはいかなくなっていた。
けど、この何にも繋がらない全くの自由は本当に自由なのか、それも分からない。
自由を履き違えるなっ!って言っていた先生の言葉も思い出される。
今ある環境を受け入れながらも、自由であることで何を得たいのか、達成したいのか、本当に望んでいることは何なのか、どうやったらそれができるのか、今与えられた課題とともに、考えようと思う。
僕は、いつも、人生において大切な事に気がつくのは遅いと感じている。
年齢的な発達課題への対応も、同様に遅いと感じている。
根拠はない。
そして、遅いながらも気がつく時には、そこには誰か人が介在しているように思う。
その人は私の人生においてそんなに沢山いるわけではないけど、とても印象にのこっている。
そしてみな、私の中で大切な人として認識されている。
先日そんな人に出会えた。
その人に出会えたことをありがたいと思った。
さらには、遅いと思うことも、遅い遅いと後悔するのでなく、受け入れられるようにならなければいけない。