奥美濃 金ヶ丸谷沢登り

ぽっかり空いた土日。春に行き損ねた沢泊をするため、三周ヶ岳周辺の沢へ。

福井県側にある夜叉ヶ池登山口を7:25に出発。すでに暑い。先行者あり。

夜叉ヶ池 8:25到着。

そこから岐阜県側に下り、登山道脇の枝沢から9:37入渓

11:10 頑張って詰め上がった先は、稜線上の藪乗っ越し。ザックを下ろしてしばし休憩。10分休憩、コンパスで方向合わせて根洞谷へ下降。誰かの記録で懸垂下降繰り返すとあったのを思い出した、一応ロープを首から下げておく。

11:50根洞谷入渓。ロープ使わず降りてこられた。

指差す方が降りてきた沢

矢のように泳ぎ隠れる魚を目の端に、時々湧き出る水を飲み、金ヶ丸谷出合いへ沢下り。困難なところはなく単調にひたすら歩く。

14:40出合い到着。一休みといきたいが、アブにたかられ逃げるように金ヶ丸谷へ。

沢登り開始。

右方向に金ヶ丸谷。足元にはアブ大群。

少し予定より遅れていたので、励谷出合い付近に泊まる予定で歩く。左上腕内側をアブにちくりとやられ、水に入るシーンも増え、夕方近くなってきたので長袖に更衣。そしたらいつのまにかアブがいなくなっていた。

ところで、沢は綺麗の一言。気になるのはカモシカの足跡。砂地に必ず付いていた。鹿より大きな足跡。

単調さは変わらず。

励谷出合いから少し上流の右岸に平坦地を見つけ、1日目終了とした。ここまで人の匂いはほとんど感じなかったが、ここには先人たちの沢泊の跡がクッキリ。タープに使ったであろうトラロープとブルーシート、さらには男物のパンツが2枚捨ててあったのはびっくり。錆びたガス缶多数。

石の少ない平地にシダを敷き、その上にテントを設営。

次は焚き火の用意と食料調達。川虫でアマゴ一匹釣り上げ串に。焼きがらしつくるほど起きていられる自信は無く、かつ調味料全て忘れたので、串焼き用のみ。

焚き火で湯を沸かし、アマゴは串焼き、服を乾かし夕ご飯。日が落ちるまでのゆるゆる時間を過ごし、寝たのは8時頃。

重かったけど、広々Wウォールテントは虫の侵入なく快適そのもの。荷物を広げたまま寝落ちのように寝ていた。

薄明るい4時に目が覚めた。寝る時起きる時沢の音があるのは心地よい。ここのところ、家でもなかった超快眠。敷いたシダの効果は抜群でした。朝食、火おこし、歯磨き、干してた服の取り込み、パッキングを普段の倍時間かけて行い、焚き火と寝床の痕跡抹消し、6時に出発。

昨日の延長戦みたいな綺麗な沢がしばらく、しばらく、しばらく続いた。流石に飽きてきたがエスケープもなく、歩きに集中してカモシカの足跡とともに三周ヶ岳目指して進む。両岸の森林がただ美しい。昨日からずっと共に行動していた木の杖片手に、アブにたかられながら、てくてくザブザブ。

地形図に毛虫マークが現れる頃から小滝が出現し始め、ロープはいらないものの落ちたらずぶ濡れな箇所をクリアしていく。

滝壺や少し深いとのころには尺サイズのアマゴが見え隠れしていたが、まだ先は長かったのでスルー。魚種がイワナになる頃は水も冷たく源流の様相に。時間の目処がついたので、あたりにいる虫をひっ捕まえて休憩兼釣り。すぐ釣れる。申し訳ないくらい。

泳ぎたい衝動を抑えつつ、標高950付近の詰めの沢に侵入。

そこまではよかったのだが、背丈ほどの崖を登った先でルートミスに気づく。支点が取れないままそこを降るよりは、目的としていた登山道に合流できる県境尾根を目指すことに変更。再び遡上、というかキッツイ斜面から壁登り。

ようやく着いた県境尾根は写真の通り。

尾根なら草木は少し禿げてて、せめて獣道くらいあるだろうと思っていたが甘かった。

薮。ひたすら薮。沢でぶつけた左脛に小枝がビシッと当たると軽く悶絶。沢用スパッツを左だけ履き邁進。鬼軍曹の、怯むな突っ込め!という言葉がたびたび登場するような藪であった。

最後に標高差150mの薮を抜け、涼しい風吹く三周ヶ岳登山道に。地形図ではここから下りのみ。

360度山。奥美濃の山深さを感じる場所だった。

1時間ほど歩いて見えてきたのは、昨日スタートした夜叉ヶ池。

池の写真を撮りに1人登ってきていた。

14:00着。テラス様の箇所で最後の休憩。

食糧を食べきり水を飲み14:10下山開始。

途中カモシカに遭遇。鹿のように逃げず、こちらをじっと見つめてくる。そういえば牛の仲間だったらしい、

迷惑そうなので早く離れる。

15:00駐車場着。

横の川に全身をつけクールダウンし、今回の沢旅終了。25km位は歩いたであろう、歩きの沢でした。ソロだともう来ないかも綺麗で魚だらけでも、ちょっと単調。

西鎌尾根での出来事

TJARの宿題で、北アルプスを縦走してきた。

馬場島から新島々まで。

自分に足りないものが強くわかった。2日目以降、疲れやすい。登りも下りも。

伸び代、これからの課題と捉えることもできる。重たい荷物背負って山道歩きまくるしかない。あと筋トレ。が、それに取り組むモチベーションは未だ不明。

いつもの山と感覚が異なったのだ。

今回驚いたことに、特に2日目から、山が嫌いになりそうになった。冷たい霧風がずっと吹く中、疲労はもちろん眺めもなく、ただただしんどい時間が過ぎていた。

そんな時に出てきた思い。

TJARに向けた山は、僕にしたら楽しくないことなのでは?という疑問である。初めは疲れのせいにしていたが、どうも怪しい。何度も出てくる。

これまでの同様の山行は、まだ見た事ない景色や体験に、ワクワクが勝って前向きに捉えられていたが、こうたびたび思わされると、疑念が強くなってきた。

何でTJAR目指したんだろう?ほんとにほんとにゴールしたいのか?出たいと言っているだけ?進路を決める時と同じ状態?大切な人の代用?ほんとにしたいのは何?好きなのは何?山?沢?

気づいたら、生きている感覚が得られず、力の入らない足と上がらないスピード、歩くことに集中できない自分も嫌いになりかけていた。

それでも、進まないことにはどうしようもないので、歳のせいにして歩いていた。普段なら足を止め味わうように眺める景色も、写真に収める花々も、目にしてるけど留まらず。留まれず。メンタル良くない感じ。

目的地は槍平→双六→三脵と下方修正しつつ、水浸しの小川みたいな巻道を越え、なんとか三俣山荘のテン場に着き、寝たら変わるかもと早めの就寝とした。生活動作は澱まず行えるがテンション少し低め。

寒さで早く目が覚めた。3時間位寝ていた。

外を見ると天の川。再就寝。

0時起床し1時出発。ささっと撤収し小屋へ。水を補給しテン場を後に高度を上げて西鎌尾根に向かう。

途中、神戸から来ている同じく大会目指す方と同行も、西鎌にとりつく頃は離ればなれに。疲れが抜けておらず足が上がらない。2年前とはえらい違い。また昨日の嫌な感じが出てきた。

目の前には明けていく槍が見えている。絶景なはずなのに絶不調。この段階でこの調子なら本番は…。

でも行くしかない。呼吸に意識を向けながら一歩一歩。一般登山者よりは早く進んでいるけど、比べるところはそこではない。

飛び降りたら楽になるやろなあ。

やっぱり山嫌いかも。

とネガティブ全開であった。が、すっかり明けてきた頃振り返ってみた景色にやられた。

やっぱり美しくって震えた。この景色と同じような人に報告したくなった。やっぱり山が好きって思えた。すると脚が軽くなった。ちょうどこの辺りから西鎌は急登になるのだが進める気がした。

その日は槍から上高地を走り抜け、山賊弁当を食べ、川でアイシングのんてしながら新島々までたどり着き、松本で一泊して帰路についた。

まいど上市からのタクシーは高く痛い出費である。沢渡から先のトンネルが最恐であったのは、本戦に使えないものの新たな発見であった。

キャンプの組み立て方

キャンプとは、野外で寝食を行うことである。至ってシンプルなことである。

無駄にキャンプサイトを占領したり、贅沢品をみせびらかすことではない。

そして、野外で過ごす上で、サバイバル環境下の過ごし方は大変参考になる。

サバイバルで大切なのは、水と火とシェルターである。

おかれている自然環境によって、それぞれの優先順位は異なってくる。

暑熱環境では水とシェルター、冷寒環境では火とシェルターが優先される。

キャンプをする際には、この3要素を意識して道具を揃えると過不足なく過ごすことができる。

例えば夏にキャンプをするなら、まず綺麗な水が大切になる。水道なのか、湧水なのか、購入して持っていくのか、それをどうやって運び保管するのか、冷たいままで置くにはクーラーボックスがいるのか、沢につけておけるのか、湧水や沢水なら浄水器が必要だろうし、沢水を使うなら、河川環境を先に調べておく必要もある。

シェルターでは、考えることとして、陽を遮る素材であるか、風通しの良い場所であるか、防虫はできるのか、突然の雨に備えられるか、雨が降った時の水の流れは問題ないかということが挙げられる。さらには固定をどうするか、ペグが利くのか、立木や石を使うのか、ペグの素材は何がいいのかといった具合に考えを広げていく。

そこを飛ばして、流行りだからとか勧められたからとかいう理由で道具を揃えると、薄利多売で売る側としてはいいカモである。

などとどうでもいいことを考えていた。

大山 雲中

大山に登りたいと言う同級の友人と

本格梅雨入り前に大山へ行ってきた。

標準タイムの1.5倍想定で予定を立て風呂とご飯とお土産買うところも絞っておいた。

大山は麓に色々あるから助かる。モンベル様々。

朝3時集合。片道3時間。往復6時間。

大きく遅れることなく順調に運び、風呂も地魚も湧水もお土産も堪能して帰路へ。日のあるうちに帰宅。

軽傷とはいえ、尻餅ついた際に肘に擦り傷、打撲作ってたから、何回も休んだがもう少し休憩挟んだ方がよかったかもしれない。下りの負荷が応えたようだ。

で、山はずっと霧の中にあり、山頂のみ晴れて青空が見え、日本海や氷ノ山は見えなかったので、そこはなんともし難いところ。人と登るとそれはそれで、山について今まで見えなかったところが見えて学びになる。

珍しくモンベルには寄らなかった。

同じ歳の人と行く山は気兼ねしなくて楽である。

慰霊登山

石鎚山に行ってきた。

出発の金曜夜は興奮やら気になることでほとんど眠れず、徹夜のドライブ。

愛媛に住む山友と、朝の4時に石鎚山SAで待ち合わせて、朝ごはんを食べながら登山口へ。

瀬戸内の夜明け。友は遅れてやってきた。

国道494は使わず、久万高原回り。

天気は晴れ予報。薄曇りだけど晴れるんじゃないかと期待して、沢沿いの遊歩道を歩きはじめた。

多分冬のその日も、友達は1人でここを歩いていたはず。沢の岩の水の、荒々しさや冷たさを感じながら。雪やそこからの景色に期待しながら。

今回同行する友は、7年くらい前に会った愛媛の人。亡くなった友達を紹介してくれた人。

ゆっくりゆっくり、山の空気やそこにあるものをなるべく見て聞いて触って嗅ぐように進んだ。

山頂にガスがかかってきたけど、嫌な雲は無かった。

愛大小屋を過ぎ、山頂を右に見ながら進みかけた時、霧に囲まれ小雨が降りはじめた。左手に夕飯に食べようと思って採ったウドを握り締め、進むか戻るか考えた。

憧れのウド。結局宿で炒めて食べた。

天気予報は晴れから雨に変わっていた。梅雨前線が予報よりも北に押し上げられたみたいだった。

山頂まではもちそうな天気。選択肢はピストンで愛大小屋泊、翌朝早めに下山。もしくは今から下山。もしくは山頂行かずに小屋に戻り、泊のち明朝下山。

天気詳細によると夜から早朝にかけて時間20mmの雨と強い風。

3分検討のち、すぐ下山とした。大雨の中今日登ってきた道を引き返すのは、友の疲労など考えると危ない。下山が妥当と判断した。

そうと決まればすぐに下山。

残念だからお試し就寝

デポしていた小屋に戻った。補給を摂り荷物をまとめた。お供えに持ってきた日本酒を撒き、再会を宣言。

下山後はどこか宿をとりのんびり作戦に変更。もし明日晴れてたら土小屋から山頂に行こうと決め、検索した宿に電話。

今夜の寝床確保。

冬に訪れたいストーブのある小屋

下りは長かった。下るだけなのに。

友だちの膝はけたけたと笑っていた。

何度か休みを挟みながら鳥居をくぐって下山。

車に着いたらすぐに宿に遅れることを伝えた。

亡くなった友人にもっかいおいで、冬においで、と言われた気がした。

ULザック

ULザックをフリマサイトで探すと、定価より高いことがよくある。転売ヤーの仕業なのであろうが。気持ち悪い。

それで売れるんだろう。買う人がいるからその価格なんだろう。買った人はどんな気分でそれを使うんだろうか。はたまた保管しておいて、また価格上乗せして売るんだろうか。シンプルではない。邪念が入っている気がする。

そしてそれを買う行為、売る行為は

なんかULから離れている気がする。言わばスタイルだけUL。なんちゃってUL。

ULは手段であって目的ではないと思う。

経験増やして、重量という負担を減らし、減らした重さを経験で補い、より楽に長く遠くに行く。

そして段々行為や道具に無駄が無くなり、

必要最低限な荷物でより自然に近づく、溶け込む。ULはその手段なんだと思う。

尊敬する人が、なるべくなら何も持たずに山に行きたいって言ってて、すでに境地にいる感じなのであるが、

その人の選ぶものは決して軽いわけではないし、ザックは荷物でいっぱいなんだけど、けども考え的にはこっちがULに近いよなあって思っている。そしてこの荷物たくさんなのをヒョイって背負う姿がなんとも素敵なのである。

鹿や狐や熊みたいに、山を山と思わずに、散歩に行くみたいに入れたなら、どんな感覚が起こるんだろうなと、フリマサイトを見ながら思った。

八上城跡にて

何気ない会話の途中で、この人は死んでも助けたいって強く思ったその時を思い出していた。その人がいるから私も生きている。

常に電源ON

ご飯食べながらふと思ったんやけど、

何も考えずにただそこにある。そんな感覚をすっかり忘れている。

目を閉じてみると、常に何かを考えていて、常時電源入ったままのパソコンみたい。

さらに目を閉じて、一つ一つ電源落としかけたけど、またこのブログ書くありさま

頭の中空っぽにして、ただそこにあるだけになれたのは初めて歩いた沢の帰り。あの時見た空と、聞こえた音と、少しひんやりした空気と、近くを歩く人の存在。それだけに満たされた幸せな時間。

はたと途絶えて今もまだ。

次はいつなんだろう。臨終の時なんてのは嫌だなあ。

ファーストラヴを読んでいる

「名付けとは、存在を認めること。存在を認められること。」

自分の中にあった何とも言えないできごと、気持ちに、

大変なところにいたんだねって

大変なことだったって言ってもらえて、それに名前をつけてもらえて

あぁ、大変だったんだ、ほんと大変だったんだって瞬時に思えて、なんで大変だって思えなかったんだろうって、この人は心から信じられるって思えて、

自分の存在が初めて認められた気がして、この人のために生きていく自分が欲しいって思えて、

嬉しくて幸せだったんだと思った。

今は存在なんてしてなくて、ただただ餌を食べるように毎日を過ごしている。味変しながら。

避難小屋で読書

今読みたい本が11冊ある。

うち7冊は図書館で借りた返却期限付き。なので、早く読まなきゃならない。

今朝目覚めた時、山小屋に行きたいと思っていた。しかし、散髪と草刈り機修理というノルマがあり山小屋はあきらめた。

ところが昨日干した山道具を収納しようと触っていると、静かなところで、湧き水でコーヒー飲みながら、読書したいと、また山が1日の予定に割り込んできてしまった。

お昼前。

迷っている時間は1分もない。

扇ノ山 山頂避難小屋に、最短の姫路ルートから行くことにした。

2時間かけて登山口。35分で登り、雨天予報もあってか無人の小屋で、マット拡げてゴロリ。

汁飲み減らすために十分にふやかしたラーメンを食べ、おやつしながら読書。

手を止めると風の音と鳥の声。

澱が少しずつ剥がれるように落ちていき、あっという間の夕方に。

夕刻の霧。熊の好条件。掛け声とともに15分で下山。

今度は泊まりで行こうかな。