Google BARDを試してみた

マラソン3時間を切る方法を尋ねてみたら以下の回答。

マラソンを3時間半で走る人が3時間以内に走るには、いくつかの練習が必要です。

  • 走行距離を増やす: 走行距離を増やすことは、マラソンのタイムを向上させるための最も重要なことです。月間150km以上走行を目指しましょう。
  • ペース走を行う: ペース走は、持久力とスピードを向上させるのに役立ちます。10kmを45分、ハーフマラソンを1時間半のペースで走るようにしましょう。
  • インターバル走を行う: インターバル走は、スピードと瞬発力を向上させるのに役立ちます。400mを1分、ジョギングを1分の間隔で走るようにしましょう。
  • リカバリーを行う: リカバリーは、怪我を防ぎ、回復を促進するために重要です。十分な睡眠を取り、健康的な食事をとり、ストレッチをしましょう。
  • レースを走る: レースを走ることは、マラソンのタイムを向上させるための最良の方法です。さまざまなレースにエントリーして、経験を積みましょう。

これらの練習を実践することで、マラソンを3時間以内に走ることが可能になります。ただし、無理をしないように注意してください。怪我をしないように、徐々に練習量を増やしていくことが大切です。

だそう。考えていることと同じなところもあり、リカバリーは新たなところ。

あとは、きちんと数字で管理するところが必要かな。GPS Watch買うか、距離表示のあるところで練習するか。。

トラック練習⁉️

新緑の山旅 2泊3日 その1

高島トレイルに着いたのは、GWの初日。東京から来る友達を迎えにマキノ駅に向かった。

数日前から睨めっこした天気図では、雨が追いやられ、今日から3日間は好天の予報だった。

久しぶりに会った友人は、いつもと変わらないおとなしい笑顔で待ち合い場所近くに立っていた。時々LINEで会話しているので久しぶり感が少ない。買ったと言っていた新しいザックを背負っていた。

駅の駐車場に車を停め、1時間後にやってくる登山口までのバスを、荷造りや駅周辺の散策で時間を潰して待っていた。

片道220円のコミュニティバス。地元の人優先。

バスの時刻が近くなると、沢山のそれらしき人たちが集まってきた。

日帰りから、同じように縦走するような装備の人、昔ながらのスタイルから流行りのULスタイルまで。年齢層はじぶん含めてやや高め。

どうやら渋めの山らしい。新緑のような人は見当たらなかった。

やがてやってきたバスは定員ギリギリのハイカーを詰め込み、時間通りに愛越発登山口へ。

解放されたように降り立った人たちが、いつのまにか汗ばむ暑さになっている山に、次々と入っていった。

私は真っ先に飛び込みたかったのだが、歩くように当たり前に写真を撮る友人と共に、後ろの方から出発した。

せっかく楽しみにきてるのだからと急ぎ足だった自分に反省しながら、彼との旅のリズムを思い出しゲレンデの急登を登っていった。

やがてゲレンデの芝生は消え、全て新緑に包まれる山の中を歩き始めた。

先に登って行った老若男女は一向に姿が見えず、滋賀県の人は歩くのが速いのか?などと口にしながら歩いていった。

遠くにもやがかった琵琶湖が見えていた。

明王の禿というヘンテコな地名がつけられた場所で、バスの中にいた山と道コーデの男性と話をした。福岡からこられたこの方は晴天を喜んでおられた。

禿。確かに草木がない。

この人、以降、黄色い人や山と道の人と私たちの間で呼ばれる。

少し先の鉄塔の下で風を避けながら、カップルの邪魔をしないように昼を食べた。ここはマキノ高原から近く、子どもや、とても若い方々、小さなザックの方で賑わっていた。汗をかきかき少し大きい荷物でやってきたのが小っ恥ずかしかった。

遠くに青い服着た友人の姿。

休憩後に背負ったザックの重さに体がびっくりしていた。久々のテント泊荷物にまだ体が馴染んでいなかったようである。

この日は大御影山を越えたあたりを泊地に考えていたが、まだ明るく体力にも余裕があったので、先の大日岳でテントを張ることにした。

止まったのは日本海と夕焼けのセットが眺められる場所だった。

私はツェルト、友人はクロスオーバードーム。2人分の敷地がなく声が聞こえる程度に離れて設営。落ち葉でフカフカなのでペグが効きにくく、大きな石も落ちておらず8分を意識していたので建て始めに手間取った。

ご飯までの間、少しの空き時間。友人は夕焼け撮影、私は少し先の山道を歩き、開けたところで腰掛けぼーーーっとして、薄暗くなる山に溶け込もうとした。スマホはツェルト内に置いてきたので写真はないが、風景がただただシンプルて綺麗だったのを覚えている。

泊地に戻ると、湯を沸かす音がしていた。私もすぐさまご飯の用意にとりかかった。定番ポテチラーメンにチーズやナッツ、乾燥野菜を入れたものとフリーズドライの味噌汁。飛行機に乗らなかったので今回はガス缶を使った。早く湯を沸かすにはこちらがいい。

友人から「いぶりがっこいりますか?」と声が飛んできた。

塩っ気と燻製の香りを思い浮かべて即答。湯を注ぐ前の器にたっぷりいただいた。半分をその場で後は戻って湯をかけゆっくりといただいた。いぶりがっこを山に選ぶ彼の選択が愉快だった。

ご飯の後は音を立てて歯を磨き、その日撮った写真を見返して夜8時には就寝。落ち葉のお陰で快適寝床であった。

が、そこで携帯のバイブ音。友人のものかと思いきや、なかなか止まない。止んだと思ったらまたすぐになり始める。まさか寝落ちした友人の目覚まし?と思い「マナーモード鳴ってへん?」と尋ねたら、「だいぶ離れたところで何か鳴いてますね、強いです」と。

鳥なのかカエルなのか。かろうじて繋がるインターネット検索で、“バイブ音 鳥”と検索してもインドネシアの鳥しかヒットせず。

その間も ヴーヴー ヴーヴー ヴーヴー

とうとう夜中に目覚めた時も、朝起きた時も聞こえていた。ありゃいったいなにだったのかいまだに謎である。

あいつ、いつ寝てんねんと突っ込みながら朝の支度し4時に出発。

山の上は早く明るくなる。予定より1時間早く先に進んだところで泊まったので余裕を持って迎えた朝であった。

そして始まる撮影タイム。朝の写真時間を過ごす友人と少し離れて先に進んだ。こう書くと、私は景色に関心のないただ歩くだけの人のようにうつるかもしれないが、そんなことはない。めいいっぱい景色を目から取り込んでいるつもり。一緒にきてるのに離れるの?と思うかもしれないが、よくある話。友人は必ず迷うことなく追いついてくるし、私もほどほどにして待つ。時々不安になって戻ることもあるが。

2日目は1日目よりさらに暑かった。コースタイムを疲労抜きで換算していたので、時間に追われたハードな山歩きとなり、綺麗なのだが変化の少ない景色がハードさを強調させた。

一度だけ車がビュンビュン通る峠道に出た時は、赤い自販機を探してしまった。

コーラー飲みたい一心

まぁ、通過するだけのような峠にそんなものはなく、農業用の貯水槽で身体を冷やし、道端のイタドリをかじり先を急いだ。お昼を過ぎには暑さと里山のアップダウンに疲れ、水場でくっついたであろう山ビルにMAX血を吸われ、笑うしかない状態になっていた。たびたび近づく黄色い人も、この辺りからかなりペースダウンしていた。

けども相変わらずブナの新緑は綺麗で、森の中は涼しく、分岐や小ピークごとに、感嘆詞を交わしては歩きを止めずに進んでいった。

泊予定地の木地山峠が近づいてきたころ、ようやくペースを落とし夕日を眺めながら、何とか間に合ったね^_^と、ひらひら下っていった。

木地山峠。泊まれるみたいと調べていたがびっくりした。

祠の前には2畳程のスペース。テント一張り。おおぅ、冗談きっついわーと思わず言ってしまった。

が思い違い。先に進むと既に5軒のテント。張る場所があったのだ。広く平坦な場所は埋められており、またもや分散テント。今度は声も届かないところになってしまったのは遅く着いたせい。

疲れているけどなるべく早くツェルトを建て、歩いて8分とされる水場に移動。匂いうつりのする友人の浄水器は封印し、一つの浄水器で3.5lを濾過し帰宅。

疲労からくる眠気を堪えて湯を沸かし、またもやポテチラーメン。半分食べたら眠気がやってきめギブアップ。残りを朝ごはんに回して、シュラフ出すのがめんどうなので服を全部着込んで歯磨きして就寝。

寒くて一回起きたがぐっすり6時間。家に居るよりよく寝ている。

3時半にエスケープヴィヴィでもよかったなと思いつつ起床。

ゆっくり準備し、お湯を注いで温め直したご飯に、ココアを飲む余裕を持って朝5時、3日目スタート。

コースタイム70%で13時台のバスに間に合う計算であった。

続く

明日世界が終わる夢

そんな夢を見て二度寝から目が覚めた。

10分の間に。

夢の中で僕は

ずーっと抑えている気持ちを行動に移していた。

夢の中だからか、ずいぶん大胆だった。

たぶんこれは伝えないまま、きっと後悔したまま

いつか死ぬ日を迎えるんだろうなと

目覚めてから思った。

言葉にできない。してはいけない。

してもきっともっと辛くなるだけ。

身体は老いるのに

心はずっと時間が止まったまま。

はあぁ、なんであんな夢見たんだ。

イワナ釣りの季節です

残雪踏み越え、ドロドロになりながら春の沢へ。恐らく第一踏。

三畳ほどの淵にはだいたいイワナが居り、サイズは20cmほど。一番大きな淵には尺イワナ。今日は全てリリース。

そこにイワナがいるとわかるだけで満足。嬉しい。

雪の上の沢靴はよく冷え、足の感覚がなくなり、さらにはポカポカに。

定番カップ麺でお昼を済ませ、も少し釣り上がって納竿。沸かしかけたお湯がひっくり返ってあわやガス缶爆発の危機。師匠がとっさに川に沈めて危機回避。

ヤマブキ咲く頃が釣り始め。

マンサクとは先ず咲くからマンサク。

今日もいっぱいいいもの見られたよい日。

よい日はおすそ分けしたくなるなあ。

5.9程度らしい

古道巡礼

散文です。

おもしろい本に出会えました。

ナイス、氷上図書館。

高桑信一さんによる古道巡礼。ヘンコぶりが伝わってくるけど、昔々の生活道をたどる旅はどれも魅力的である。

どれか一つでも、いつか歩いてみたい。まずは近くの道から。

古道復活は、維持を含めてやらないとダメだ、みたいなことが書いてあった。結構賛成。

僕は、道は作りたくて作るのは現代的な感覚のもので、本来は目的のために地形の弱いところを見つけて、必要に応じて人が通ることで出来上がっていくものだと思っている。何もないところから、人の足がなん度も踏むことでできるものだと。

そして目的を失った道はそのまま消えていくのが自然であり、たとえそこに手を加えるならば、維持させることをやらないと、とても不自然なことに感じる。

山を歩いていて、昔の人の痕跡を見つけると、なんだかその時は昔の人と気持ちが繋がったような気がして嬉しくなる。

本を読みながら、ただ、ただ、空気のように包み込んでくれた人と、当たり前のように漂うように山や川にありたいなぁと思った。

丹波市の自宅から六甲縦走

小雨に挫けそうになりながら、金曜日のお昼に家を出発して、六甲縦走へ行ってきました。こ

国道を進みながらお昼ご飯にうどん定食、続いて森ノ本コーヒー、コンビニおにぎりやスイーツをはさみつつ、定番のくるみ餅をカバンに備え、アイガーベーカリーのもちもちドーナツ、回転寿司、カフェオレと、食欲をモチベーションに須磨浦公園まで。

西区と垂水区の間で結構迷い、Googleマップをたくさん使いました。

中継地点の塩谷駅に着いたのは夜の0時頃でした。スマホのバッテリー切れに気を遣いながら駅周辺を検索するとコンビニが無く、ガストも潰れており、残り少ない補給食で登山口へ。

4時間ビバークして、妙法寺のローソンに向け朝の7時に出発しました。シェルター内に結露が無くとっても助かりました。

明け方に何組か通過する足音が聞こえておりましたので、追いかけるべく先を急ぎました。多分追い越したと思います。

ジワジワとロードの疲れが押し寄せる中、菊水山の階段を登り、山頂でお湯を沸かして温かいご飯を食べ、30分にまとめた休憩に満足しさらに先へ。ビバークレーションはほんと便利です。

写真は撮らずただテクテクと走りを交えながら無謀状態の市ヶ原を越え摩耶山へ。

掬星台は寒い冷たい風強いの晴れてるけど厳しい環境でした。けど汗乾かしたいのでウインドシェルを脱ぎ、持ってきたあんぱんを食べしばらくの我慢。自販機コーンスープが美味しかったです。

汗抜けと同時に身体が冷えてしまい、動きが悪くなってきたので牧場あたりでレインを羽織り、オーバミトンをテムレスに交換。食べたものがエネルギーになってきたこともあり、復活したように再スタート。

藤原商店で肉まん、カップ麺を食べ、蒸しパンを買い足し、もうクリアしたとばかりに気持ちは宝塚へ。

むちゃんこ重そうなザックで縦走訓練中の自衛官を、自衛隊専用ファイントラックかっこいいなあとあ横目にパスし、六甲山頂直下のトイレで腹巻きや手袋を乾かし下山道へ。

隠れ夜景スポットで補給し、そこから先はヘッデンつけて走りながら下山。逆走する親子に挨拶し、しばらくしたら塩尾寺に降りてました。

登山口までの長いアプローチと、摩耶山の寒さが印象に残る旅でした。

あと一日休みがあったので、宝塚駅から自宅までも足で行けたのですが、弱い心に負けてJRしてしまいました。

TJAR目指すならそこは迷わず行くべきなのでしょうね。

けど、この度のおかげで充実した休みが過ごせました。

自足で行く旅は、ほんと濃厚ですね。

基地に帰りたい

感覚としてはもうそろそろいっぱいいっぱい。

色んなものを不幸せにして手放してしまいそうな感覚。

何をしても誰といても全く代わりになんてなりゃしない。余計に辛くなるだけ。

もうほんとにどうにもならないんだろうか。

助けてよ。

家から高見山周回ジョグ

先週土曜日、サイクリングガイドの下見予定だったが、集合時間の勘違いで遅刻してしまい、昼前まで凹んでいた。

サイクリングで消費するはずのカロリーで身体は重たく、心も身体も重たくなっていた。

けれども新聞で見た占いが思いのほかよい内容であり、コーヒーを淹れながら優河の新しい曲を聞いていると元気が出てきたので、走ることにした。

家から谷川駅を通って柏原に行き、くるっと回ってくるコースを予定し、おにぎりを持ち、トレランザックに防寒着とヘッドランプを入れて出発。

走っていると、路面が濡れているところがあるものの、山の中も濡れることなく走れそうな予感がし、オール舗装路は楽しくないなあと、トレイルを挟むことに変更。

129ベーカリーへ補給購入に立ち寄り、パンと玄米おにぎりを入手。

咲き掛けの梅の写真を撮り、おにぎりを食べながら向かったのは石龕寺。

そこから、奥の院まで行者道を辿ったが採石場手前の稜線に辿り着き、北上開始。

一等三角点のある石戸山で補給し、隣の無線基地局跡に生えていた低木を引っこ抜き、なるべく駆け足で進んでいった。

少し湿ったトレイルで、ジョギングシューズはよく滑た。

高見山山頂に着くと、風のない気持ちいい天気であり遠望しながら独り言。

下山を悠遊の森にと考えていたのだが、山頂直下で、ここへ、父によく遊びに連れてきてもらっていた子どもの頃を思い出し、当時よく通った佐野地区までの道で下山したくなった。あの道は残ってるのだろうか気になった。

けど道は残っていなかった。うっすらと残る道の跡らしきところを下り、沢沿いの道に出るには出たが、大水で崩壊しており、手足をよく使う冒険道のようになっていた。炭焼き跡の石積みを見つけ思わず写真。

矢降神社にお参りし、沢から流れる豊富な水を通す溝を伝って南小学校を通過し、加古川の土手で買ったパンと残りのおにぎりを食べ、トコトコと走って家まで帰った。

落ちるような傾斜の道なき道を行く、子どもの頃によくやった山歩きも好きなんだなあと再確認。家発で、ヒルが出てくる前に、何度かこんな山をやってみたい。

手を温める

山やランニングで、手袋をするのだが、手指が冷たくて困っていた。初秋から春にかけて。

体温上げたらいいのだろうかと腹巻をしてみたり、冷たさに慣れたらいいんだと、真冬の自転車通勤をしてみたりしたが、解決しなかった。

手先が冷えると体の動きが悪くなり、小さな動作、例えば靴紐を結び直すとか、ジップを上げ下げしたり、上着のフードを絞るコードを引いたりがとてもしにくくなる。

おしっこした後や、重ね着した上着を腰のところでパンツに入れ直す時なんかも、まあ手間取る。困っていた。

手は寒さのセンサーになっているらしく、冷えると身体の内部に血液を回し、末端の供給量が減って動きが悪くなるらしい。

そこで登場したのが、ミニカイロ。しかも貼らないやつ。

寒さを感じる前に、手袋の中、手のひらのところに入れる。

するとどうだろう、困っていたことが一気に解消したのである。

冷え込んだ日の仕事後のランや、100kmマラニック、先日の雪山散歩、そして今日の山行、全て手袋の厚さは異なるが、カイロが大活躍。

モンベルの腹巻と手のひらのカイロ、これらは今年度の収穫である。

さらに、ほどほどの冷えには、かいろは手のひら側に、指が痺れるようなら手の甲側に置くと効果的であることも発見した。

ミニカイロを冬場の山行のお供としたい。

初めてのOマップ

自分の住む市に、日本オリエンテーリング協会指定のパーマネントコースがある。2つも。

けど、地図を見ただけで場所が頭の中にすぐに浮かんでくるし、記憶を辿ればコントロールがピンポイントで分かってしまう。小さな頃から目の端に捉えていたみたいだ。

なので、隣の三田市に出かけてみた。

三田駅北口スタート。

最初のコントロールを見つけてから気がついたが、スタート地点のものは目にしておらず、これはしまったと戻りかけるが、まぁ、ゴールしてから見つかるか、と思い直して半分引き返したところで次へ。

町中にあるものは見つけやすく、日が上るにつれ温かくなり、快調に。

途中空き家の軒先でお昼を挟み、後半の里山へ。軽い藪を進み、傷んでボロボロになったコントロールを見つけていきます。段々難易度上がっていく感じ。

字が読みにくい

最後から一つ前で道を誤り、最後が見つからずにあたりをうろうろ。どうもおかしいと前のところまで登り返し、よくよく見ると正しい道が。あまり踏まれた形跡のないその道を下り、ようやく正しいルートに。

きれいな夕焼け空の中、また駅まで戻り1日を終えました。走ったら3時間以内に終えられそうなコースを、のんびりゆっくり、ピクニック気分。

感想は、おもろい!観光できる!三田は田舎だ!です。気づいたことは、考え方の癖を見直し続けることが大切だということ。

因みにスタート地点には、白とオレンジの看板はありませんでした。

アメ車と竹林。洋と和。