朝ごはんのために、昨夜から豚汁を用意した。
一生懸命。
美味しいって言ってもらえた。子どもにも大人にも。
嬉しかった。
一番嬉しかったのは、隣にいた人の美味しいだった。作ってよかった。。

元祖山になりたい男の、山になるまでの日々。
朝ごはんのために、昨夜から豚汁を用意した。
一生懸命。
美味しいって言ってもらえた。子どもにも大人にも。
嬉しかった。
一番嬉しかったのは、隣にいた人の美味しいだった。作ってよかった。。
片付けるときは、次そこを使う人がなるべく困らないように、不快にならないように、そして自分が困らないように意識してます。
だから、片付ける方法があり、動かせる手足があり、時間もあるのに片付けられてないと、思いやりがないんだな、思いやってもらえてないんだなと悲しくなり、怒りを覚えることすらあります。というか、家の中だと怒りが先に来ます。
忙しいなら仕方ないと思うのでしょうが、ボランティアで忙しくして、家の中がゴッチャだと、仕方ないとは思えません。
出したものがそのまんま、いつか片付ける算段でもあるかと思いきや、ずーーっとそのまま。埃かぶっててもそのまま。
まあいっか、の積み重ねがありありと、そこにたたずんでいます。
次使う人なんかどうでもいいや、もしくはそこまで思わなくても、自分の面倒臭さを、ちょっとでも相手の不便さより優先させるその心理に、怒りを感じるのは私だけでしょうか。
ほんと、自分の目の届く範囲の家で、暮らしたいなと思う気持ちが強くなってきます。
思いやりがなくても片付けはできそうですが、共同生活を送る中で片付けないことは、思いやりの無さ、不足であると思います。ただ1人を除いてそれは私の中の許し難いポイントな様です。
子どもの頃から自分の部屋がない。いま住む家にある自由に使える場所は、山道具置き場である土間の一角と、ノートパソコンを置いている本棚の上のみである。
5年前リフォームした時、わたしの部屋を設計図に載せるかどうか、立ち話程度に話題になったように思うが、忘れてしまった。
空が灰色の今朝、私は食卓難民になってしまった。メインテーブルは娘たちのままごとに占領され、台所のミニテーブルを使いかけたが、妻が洗い物にやってきたので避難することになった。
わたしは、パンを載せた木の皿と、コーヒーの入った赤いカップを持ち次の食卓を探した。
埃除けで被せているランチョンマットに呼び込まれ、たどり着いたのはノートパソコンの上であった。
薄い擦りガラスの窓際にあるここは、まだこの季節、長居するには少し寒い。
それでも椅子を持ってきて食べかけると、パラパラと雨音がし始めた。
加えて窓の外から、さきほど家を訪ねてきた村の男性と、別の女性の話す声が聞こえてきた。内容は聞こえないが、今やりたくないこと上位にランキングする近所付き合いを連想させられた。わたしは、急き立てられるように食べ物を全て口に入れ、また避難を開始した。
残業×上司のグチめいた話+居たくない場所×話しかけられたくない人=帰りたくない+家に居たくない・・・助けて欲しい
という計算式が成り立つ。これを帰宅拒否症の計算式という。
1時間くらいランニングで誤魔化して、何度かSOS出そうと思ったけど思いとどまり、みんなが寝静まったであろう頃に帰宅。
けど息が詰まりそうになった。
心の安全基地に戻りたい。それさえあれば他には何も要らない、今はそんな気分。
最近、台所の床下に猫が住み着いているらしい。
覗くと、猫は見えないが、換気口の柵が一箇所抜けてて、猫一匹なら倒れる隙間が空いていた。
ネズミ除けにはなるだろうけど、繁殖して増えたら困る。
隣家がエサをやってて、近くの猫が集まってきてて、そのうちの1匹らしい。
どうしよう。
匂いのきついものを置くと嫌がるのか。。
試してみよう。
一つのアプリで2つのアカウントを管理できる。
このブログもそう。もう一つのクラブ活動用のブログアカウントも管理できる。
便利だが、書く内容に気をつけないといけないなと思った。
こちらは読み手のほとんどいない、本音自由記載のブログ用。
さて、入りたくない家にどうやって入るか。仕方なくでなく、入りたい家が欲しいな。
なんてことはこちらにしか書けない。
少し早く眠れるようになってきたと思ったけど、結局は気のせいだった。
人に左右され過ぎ。
他人にとっては些細なことでも、自分にとっては大事で頭の中がいっぱいになった。
反応が無いということは、無いこと自体も堪えるけど、反応する価値が無いと捉えられている事には、もっと堪える。
そして自分の行為を後悔し始める。意固地になり、言いたくないことを言ってしまった自分が嫌いになる。
すると思考はどんどん良くない方にいく。
その結果、仕事中の複雑な気分を思い出した。
先日、健康診断の受付に来た親子がいた。受けるのは母親で、子どもは成人している位の年齢だったが、生活するには母の保護を必要とする雰囲気だった。
受付時間に遅れてきたその女性は、申し訳なさそうに、今日は手持ちが無いのですが、後日払いでもいいですか?と私に尋ねてきた。
病院窓口ならよくあることだが、保険を使わない健診だから何かあるかもと思い、即答せずに事務に尋ねてみた。すると本日中の支払いならOKということであった。
それを伝えると、来月にならないと払えないと言われた。
それをまた事務に伝えると、それなら健診はできないと言われ、それを来た人に伝えた。
冬に似合わない少し寒そうな格好をしたその人が受ける健診は、就職に向けた診断書作成のための健診だった。
そこで私の思考回路は、
ようやく決まった仕事なのかもしれない。そこに出す診断書を作りにきたのかも。でもまだ働いていないから、お金が無くて困っているんじゃないだろうか。子どもの目の前でお金が無いって言って、しかも健診を受けられないって断られる姿を見せなきゃいけないって辛くないかなあ、
となっていた。
結局その日はお断りして、後日予約を取り直してもらった。
ある同僚には、健診受けるのにお金無いなんてあり得ないって言われた。
確かにあり得ない。財布を持たずに買い物に出かけるようなものだ。
けど何かもやもやが残った。モヤっとさの正体はまだ分からない。でもいい気分で無かったのは確か。
最初にに尋ねられた時に、それならば今日は健診を受けてもらうことかはできないが、別の日の予約をとりましょうか?と返せていたら、もう少しスムーズに対応できたのかもしれない。
自分の動きの悪さにモヤっとしたのだろうか。
今日の日に合わせて計画的にお金を使わないその人に何か責めるような感情を持ったのだろうか。
必要なお金がない事を恥だと思ってる自分ってどうなんだろうか。
そんな複雑な気分を、考えることは大事なんだろうけど今は向き合いたくなかったその気分を、思い出してしまった。
でも耐えようっと。
薪屋さんの取材にNHKが来るらしい。
その取材の一環で、薪のユーザーかつ、薪ストーブユーザーである我が家に立ち寄るらしい。
らしいらしい、放送されないかもしれないらしいと、未確定要素だらけだが、とりあえず明日の午前は家の掃除をするらしい。
来ても来なくても、家が綺麗になることはいいことだ。
けど、ふと気がついた。
居場所が無い今の家に執着、愛着が無くなってきている。
新しい場所を求めているみたいである。
メルカリでお買い物をした。
しっかり確認しなかったのが悪いのだが、いつものカード決済で買うつもりでポンポンっと購入手続きを進めていたら、スマート払いというものを選択したことになっていた。
決済方法の自動選択が、これまでは売り上げ利用かカード払いしかなかったのだが、スマート払いがデフォルトに変更されていた。これまでは、売り上げが無かったらカードで払うしか方法が無かったのだ。
そして気づいたら、支払い方法を変更することはできなくなっていた。
で、スマート払いは翌月に払うことになるのだが、支払い方法は4つあって、口座引き落とし、ポイントを使う、現金をチャージして払う、コンビニから振り込む、である。
ポイントはない。ポイントを残高から変換できるのかとアプリ内を彷徨ったが見つからず。
あとは口座引き落とし、もしくは口座からチャージ。
そしてコンビニ振込は手数料要。
ここで思ったのは、メルカリは個人の口座を狙っているということ。
メルカリユーザーと口座を紐づけようとしているということ。
カード払いなら、カード会社が間に入って、その人の口座までは分からない。カード手数料払わなくてはならないから、それを減らすためなのか直接ユーザーからお金を取る方法を、しれっと差し込んできている。
誤解もあるだろうけど、メルカリになにかずるさを感じた。
すぐに、メルカリ 口座を狙う、で検索したがそれらしい情報は見つからなかった。。
手数料かかっても振り込みにするし、次から支払い方法は、一度立ち止まって確認するようにしたい。