一つのアプリで2つのアカウントを管理できる。
このブログもそう。もう一つのクラブ活動用のブログアカウントも管理できる。
便利だが、書く内容に気をつけないといけないなと思った。
こちらは読み手のほとんどいない、本音自由記載のブログ用。
さて、入りたくない家にどうやって入るか。仕方なくでなく、入りたい家が欲しいな。
なんてことはこちらにしか書けない。

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なんてことはこちらにしか書けない。

少し早く眠れるようになってきたと思ったけど、結局は気のせいだった。
人に左右され過ぎ。
他人にとっては些細なことでも、自分にとっては大事で頭の中がいっぱいになった。
反応が無いということは、無いこと自体も堪えるけど、反応する価値が無いと捉えられている事には、もっと堪える。
そして自分の行為を後悔し始める。意固地になり、言いたくないことを言ってしまった自分が嫌いになる。
すると思考はどんどん良くない方にいく。
その結果、仕事中の複雑な気分を思い出した。
先日、健康診断の受付に来た親子がいた。受けるのは母親で、子どもは成人している位の年齢だったが、生活するには母の保護を必要とする雰囲気だった。
受付時間に遅れてきたその女性は、申し訳なさそうに、今日は手持ちが無いのですが、後日払いでもいいですか?と私に尋ねてきた。
病院窓口ならよくあることだが、保険を使わない健診だから何かあるかもと思い、即答せずに事務に尋ねてみた。すると本日中の支払いならOKということであった。
それを伝えると、来月にならないと払えないと言われた。
それをまた事務に伝えると、それなら健診はできないと言われ、それを来た人に伝えた。
冬に似合わない少し寒そうな格好をしたその人が受ける健診は、就職に向けた診断書作成のための健診だった。
そこで私の思考回路は、
ようやく決まった仕事なのかもしれない。そこに出す診断書を作りにきたのかも。でもまだ働いていないから、お金が無くて困っているんじゃないだろうか。子どもの目の前でお金が無いって言って、しかも健診を受けられないって断られる姿を見せなきゃいけないって辛くないかなあ、
となっていた。
結局その日はお断りして、後日予約を取り直してもらった。
ある同僚には、健診受けるのにお金無いなんてあり得ないって言われた。
確かにあり得ない。財布を持たずに買い物に出かけるようなものだ。
けど何かもやもやが残った。モヤっとさの正体はまだ分からない。でもいい気分で無かったのは確か。
最初にに尋ねられた時に、それならば今日は健診を受けてもらうことかはできないが、別の日の予約をとりましょうか?と返せていたら、もう少しスムーズに対応できたのかもしれない。
自分の動きの悪さにモヤっとしたのだろうか。
今日の日に合わせて計画的にお金を使わないその人に何か責めるような感情を持ったのだろうか。
必要なお金がない事を恥だと思ってる自分ってどうなんだろうか。
そんな複雑な気分を、考えることは大事なんだろうけど今は向き合いたくなかったその気分を、思い出してしまった。
でも耐えようっと。
1月からボルダリングの回数が増えている。
雨や雪の日もできるからこの時期の運動にはうってつけ。近くのジムで週2回くらい。まだ4級で四苦八苦。
走るのはもちろん大切だけど、膝を労わりつつ、かといって休まないように、と考えると今のところはこれかなあと。
もともと得意でないクライミング。けど、今の夢の先には必ず役に立つはず。元気なイワナに出会うためにも。
始めた人あるあるかなあ。手の指紋が消えてきた。

今日も定番10kmランニング。
アップ3km、ペース走3km、身体の使い方意識して4kmジョグの内容。
腕振り、前傾姿勢、重心下への着地を常に意識。
のみでは終わらなかった。
最後のジョグ途中で、突然気がついた。
今まで意識していた内転筋群はやや前よりの筋肉であり、意識し過ぎると足の捻れに繋がること、もう少し後ろ側、すなわち陰嚢の直ぐ後ろあたりを意識した方が真っ直ぐ走れること。
肛門を引き締めるようにして走るとそこに力が自然と入り、丹田にも自然と力が入り、姿勢が良くなり、楽に脚が出せること。走る時の臀部の揺れが小さくなること。
帰ってからランニングと肛門で検索するとどうやら関係あるみたい。なんとインナーマッスルを使うことにも繋がっていた。
早速明日から、肛門括約筋収縮をランニング時の意識する事に加えてみようと思う。
今日から20時以降の食事も止めるし、お尻が引き締まって小さくなるかな。お腹周りがスッキリするかな。
薪屋さんの取材にNHKが来るらしい。
その取材の一環で、薪のユーザーかつ、薪ストーブユーザーである我が家に立ち寄るらしい。
らしいらしい、放送されないかもしれないらしいと、未確定要素だらけだが、とりあえず明日の午前は家の掃除をするらしい。
来ても来なくても、家が綺麗になることはいいことだ。
けど、ふと気がついた。
居場所が無い今の家に執着、愛着が無くなってきている。
新しい場所を求めているみたいである。

作る本人は、味に自信がないと言うんだけれども
私にとっては安心美味しい料理がある。
遊び心と一生懸命さが同居していて
優しい料理。
なんで美味しいのか。
作り手のせいもあるかもしれないが、
どうも、私の母と甘みの味付けが似ているみたいである。
時々実家でご飯を食べるのだが、ある時ふと気がついた。似てると。
私の母の味をその人は知らない。
けれども似ているという偶然。だからそんな料理が食べられるのは、とっても幸せなのである。ありがたし。

ごめんなさいをスルーされた時、どういう心境になるのかを体験してみた。
ごめんなさいのポイントがずれていたり、そもそも見当違いであったり、ごめんなさいを伝えられる関係ではないんだよ、そういった心の関わる話題は、もう触れたくないんだよというメッセージなのかもしれない。
考え始めるとまた今日も眠れず、身近な人のことなど思考から外されていってしまう。その身近な人がどんな気持ちになるか、たった今身をもって知ったというのに。
人にされて嫌なことを、人にしてはいけません
って小さな頃から言われて育ってきたけど、自分も子どもに言っているけど、こりゃ、できないわ。
あーなんか、虚しい。。
真綿で首を絞められるってこういうことなのかなあ。伝えたいことが伝えられないのが苦しい。
我が家の主力暖房は薪ストーブである。
頑丈、温まりの早さ、天板の使いやすさ、燃料選択の幅広さ、扱いやすさから、イギリスからやってきた、鋼板製の薪ストーブ ハンターヘラルドを使用している。
分厚い鋼板で、複雑な構造はしておらず、壊れにくそうである。
朝起きて、残り火から火を起こすと30分もしない内に温まり始まる。半日でも点けていると大きな家の全体が温まる。
天板は広くフラットで、鍋が三つ四つ置ける。置いたことはないが。
広葉樹、針葉樹はもとより石炭やコークスも使用可能。だから豆炭を使ったり、着火した豆炭を取り出して、豆炭あんかに使うこともできる。
そうやって寝床まで温められる。
操作も容易で、小学二年歳の子どもでも薪の継ぎ足しや着火、吸気の調整が出来る。
年始は残業も無く、早く帰られたので会社近くの公園で、通常のランニング。
先日のアドバイスを意識しながら10km。
その後一本歯下駄で歩いて整理体操。
前に傾いた状態の身体を、なるべくニュートラルに戻して終了。
明日も走られたら走りたい。
朝4時半に起きて、ランニングのフォームチェックを受けてきた。
改善点として、肩甲骨使った腕振り・腕引き、前傾姿勢、目線を上にすることを教わった。
意識して取り組みたい。
やる気がまだ強く残っていたので、夕方ランニングもしてきた。獲得まで意識し続けたい。
次は小豆島マラソンだ。