TJARなど長期山行において重要なこと

食う寝る出すがうまくいけば、その山行はうまくいったと言える。

みたいな事を誰かの本で読んだことがある。

まさにこれ。

特に私にとっては出すこと。生活リズムが乱れるので排泄リズムも乱れがち。うまくいけば足取りも軽くなる。

そこで、対策にビオフェルミンなどの乳酸菌整腸剤は有効だと思う。

実際2024年のTJARでは開始3日前くらいからレースの前半、ビオフェルミンを定期内服していた。お陰で要所要所で用足しができ、外でお尻を出すことも、携帯トイレの世話になることもなかった。速くない自分としては、遅くなる要因を減らすことも大事だったなと改めて思う。

山岳テントが好き

先日、改訂版が出たと同時に衝動的に、アラタのAX130を買ってしまった。冬用自立式を探していたタイミングで人気商品が目の前に現れ、飛びついた。いいカモだ。

以下、購入したものを新しいのから並べる。

⭕️は今も持っているもの。❌はすでに無いもの。

⭕️ライペンのSLドームソロ

⭕️ファイントラックのポットラック

Pre Tents Lightrock 1P

⭕️ファイントラックのツェルト2

❌ヘリテイジのツェルト

❌フリースピリッツのリブラ

❌テラノヴァ レーサーコンペティション1

❌ルナーソロ

⭕️ヘリテイジ クロスオーバードーム

⭕️ストックシェルター

❌ファイントラックツェルト2ロング

⭕️プロモンテVL60

❌プロモンテVL20

❌ダンロップ ツーリングテント2つ

〇〇用とか理由つけてたくさん持ってる。

何がこんなに魅力的なんだろう。もっと外で泊まらなきゃな。

冬の風呂上がり 体が冷めにくい入浴方法

現代的な家と比べると、我が家は寒い。風呂上がりすぐに冷える。

そこでお風呂の入り方に工夫してみた。

42℃のお風呂にうなじまで、顔から汗がにじむまで浸かって、次に冷水シャワーを浴びる。まずは足から手、お尻、顔、頭、胴体の順に。一気に全身浴びるには勇気と安定した循環動態が必要。冷たくて思わず声が漏れる。2分ほどのシャワー後、窓を開けて風を通し、桶の縁に座って体を2分ほど乾かす。風が体表をなぞる感覚があれば尚良し。これが気持ちいい。

そして再入浴。

冷えた手足のじんじんが治まり、冷えた感覚が無くなるまで。濡れた頭の水気を飛ばしておくのをお勧めする。温まりすぎると後で汗をかきかえって体が冷えるので気をつけて。そして上がる。

あら不思議。この方法をやるまで洗い場や脱衣所で感じていた寒気はどこへやら。首や肩が寒くない。

後は温かいパジャマにダウンを羽織ってお休みまで。薪ストーブがついていれば最高。

冬をこれで乗り切るつもり。

パーテックス クワァンタムとすね毛

防風、撥水、透湿、軽量とメリット尽くめの表題の生地であるが、しばらくすると細かい細かいひだのような皺が発生してくる。その箇所はキツくなってくる。伸ばして使うが生地は薄くなる感じがするし、面倒くさい。

MMAのランニングパンツでも、山と道のlightパンツでも。

気がついたのは、同じパンツを買った人には皺が現れず、僕にだけ出てたから。私はならないよって聞いて。

まさかと思い調べると山と道のサイトに、この件に関する記事があった。

自分の足の毛が原因だった。

その人の脚はつるっとしている。私の脚はざらっとしている。

永久脱毛するまでこの問題はついてくる話。

TJAR2024 完走記 その5

着地の衝撃に怯みましたが、歩行速度を最低4km/hとし、睡眠を取らなければゴールできると考え歩き通すことに決めました。ここで速度管理のためアナログ時計からスマートウォッチに変更。暗くなる舗装路をストックも使用し歩きます。左脚は巻きつけるテーピングのために体液の循環が滞り、浮腫が強くなっていました。

臨時駐車場までやってきました。

登山指導センターでトイレを済ませ、軒下を借り足のケアと補給。

お酒を飲んでおられたセンタースタッフに、「この先の白樺荘は夜でもカップ麺が買えるかもしれない」と伺い期待を膨らませま再スタート。

畑薙のダム付近で、たびたび登場してくれる静岡の友人応援。こんな山奥まで来てくれたことに感激。「次はゴールで!」と応援に力をもらいます。白樺荘前で人工の灯りに安堵。ちなみにカップ麺は買えませんでした。

畑薙第二ダムから大井川沿の道は街灯が少なく、単調で暇。車で通過するようなところです。時々ヘッドランプに照らされるアスファルトに漢字のような物が見えましたが気のせいにして、これまでに進んできた道のりを思い出し、この一歩がゴールに近づ一歩なんだとたびたび自分に言い聞かせます。時々ガードレール支柱とともに現れる静岡までの残り距離に「まだ70kmもあるんかい!」とツッコミを入れ眠気を吹き飛ばします。ひたすら暇です。

関門の井川オートキャンプ場まで数キロのところで久しぶりの自販機。アイスコーヒーで目を覚まします。キャンプ場到着は23時頃でした。無事関門クリアです。大会スタッフ、家族、友人達から沢山応援をいただき、素直に嬉しかったです。ここで右脚も痛み始めていたため両脚ともテーピング。左脚は見る人皆に「うわっ!」と驚かれるボンレスハムの状態。20分ほどの滞在で、飲料補給し再出発。

 応援に勢いづいて出たものの、また真っ暗で単調な舗装路。漢字に加えて道路のシミが人の顔に見え始めました。無視できない数です。ついに来ました!念願の幻覚です。瞬きしても消えません。本物です。そして体験したことのない眠気。片目を瞑り歩いてみたり、立って寝てみたり、こういう時にしかできないことを試しますが、ついには車に轢かれないよう道路脇で寝ることにしました。空には星、乾いたアスファルトが誘ってきます。腕時計のタイマーを15分に設定し臥床。すると、車が一台追い抜いて行きその数分後近くに人の気配。むくりと起き上がると、路上停止したGPSを見て確認にこられた大会スタッフでした。行き倒れ姿を撮られることは回避できましたが、5分しか眠れませんでした。しかたなく幻覚を連れてスタート。しばらくすると人家が見えてきました。井川集落です。

 井川ビジターセンター近くでヘッドランプを点けて蛇行する小島選手を発見しました。軒下で仮眠していたそうです。しばらく話しながら進むことにしました。話していると眠気が和らぎます。とはいえ疲労困憊の真夜中の単調な道。2人とも川のせせらぎがラジオに聞こえ「ラジオ聞こえますね〜」「そうですね~」と怪しい会話。しまいには樹々の隙間も人の顔に見え、共に道路脇で行き倒れ仮眠。やんちゃな暴走バイクや、椹島へ向かう観光バスに気が抜けません。まさにふらふら。ダム周回路は迂回が大きく時間ばかりが過ぎていきます。ふと気づけば排尿がしばらくなく、脚のむくみが悪化してきていました。

 と、ヘッドランプを点け暗闇の中道路脇に座る人の姿。近づくと塹壕足に苦しむ保谷選手でした。荒川小屋以来の再会です。彼は行き倒れていたら、暴走バイク集団に「やべっ」「死んでるんじゃね?」と指さされていたそうです。脚が合いそうだったので、一緒に進むことにしました。合言葉は、「この先のカフェCassoで朝ごはん!」です。色んなことを話しました。レースに出た理由とか仕事とか家族のこととか。レースなので競合者になるのですが、仲間のような気持ちです。

夜が明け、富士見峠で一休み。ここでも友人の応援をもらいパワーアップ。あとは下り基調と気が少し楽になります。しかし走るの辛く早歩き。足裏には灼熱感。休みのたびに乾かします。たどり着いたCasso横沢は開店時間前でしたが選手対応の案内がありお世話に。

 朝の7時にオムハヤシ大盛、ミルクシェイクとパン1つを食べ、道中用にさらにパンを2つ購入。生き返りました。

 強烈な暑さを予想させる強い日差しにせかされて再出発。用水路の水に帽子や服を浸して体を冷やしながら進みました。茶畑の濃ゆい緑色が印象に残っています。暑さには自信がありましたが、この日も静岡は暑く、道路には陽炎が立ち、太陽が真上に来る頃には日陰を作るものが全くない国道沿いに打ちのめされました。何度大井川に飛び込もうと思ったことか。静岡の電光掲示板も“不要の外出禁止”と表示していました。ぼんやりしていたのか自販機で買ったお茶が痛恨のホット。「心頭滅却すれば火もまた涼し」と唱えながら飲みますが意味なし。あの茶の熱さは忘れられません。途中見つけた釣具屋で売られるかき氷は格別でした。静岡は暑い、としっかりと体に刻み込まれました。あまりに浮腫むので脚を縛っていたテーピングをはがすと、肉離れの痛みは治まっていましたが、名刺1枚分くらいの皮膚が一緒にさよならしたため、傷に汗が沁み辛かったです。その痛みは眠気覚ましに換え進みました。体表近くのリンパが腫れ透明の液体が滲みだしていました。ここまでくれば何でもどんと来いです。

 しんどいばかりでなく、貴重な体験もできました。痛いとか暑いとか、しんどいとか脚太いとか、そんなことを思っていると本当に歩みが遅くなり、どうにかすると止まりそうになります。そんな時に応援の声が自分の推進力になっていると実感することができました。不思議な感覚です。今ここを歩けていることや、近くでも、遠くでも応援してくれる人、山を整備してくれる人に感謝する気持ちが自然と湧いてきました。体はしんどいはずなのに、とても充実した濃ゆい時間を送っている感覚がありました。カーブミラーで映るひげ面の自分の目がすっきりとしていました。

賎機の消防署前では、業務の都合上欠場された望月選手と握手し、私の脚に「だいぶ仕上がってるな!」とお褒めの言葉をいただき、レースの最終小目的を達成。後はゴールまでひたすら歩くのみです。コンビニで凍ったドリンクとパックアイスを買い体を冷やします。市内に入ると応援の数がものすごく増え、一生分くらいの励ましをもらいました。ここでともに進んできた小島選手と保谷選手と別々に進み、レースを振り返りながら自分のペースで歩くことにしました。

 繁華街に入り、静岡駅が近づいてきました。静岡駅構内がチェックポイント。地下に降りる階段が予想外の難所でした。肉離れ箇所を叩くような痛み。そしてひげ面、汗まみれて薄汚れ、匂い立つ姿で、きらきらした都会の駅を通り抜ける罰ゲーム感。逃げるように通過しました。とロータリーで熊ノ平小屋で別れた選手に遭遇。リタイア後無事下山されており、握手で最後の一押しをもらいました。

 あと5km。これまでの距離と比べるとたった5kmですが難しい区間でした。山で迷わず街で迷うという恰好悪いことにならないよう何度も紙地図を広げます。おかげでゴール後のインタビューで何を言うか考える余裕がなくなりました。暑すぎて脱アルコールビールを買って飲みながら進んでいると、すぐに脚が太くなることに気が付きました。どうやら腎臓がやられたようです。どうりで汗もおしっこも出ないわけだと納得。同時にゴール後入院、緊急透析、上司が渋い顔をするという予想図が出来上がりました。

 そしてゴールまで2km。レースを目指すきっかけとなった人に電話で報告。電話を切った後この人に認めてもらいたかったのかなとか、なんで出たんだっけなとか目指してきた6年間の出来事がいろいろと頭に浮かんでは消えていきました。

 海の匂いがしてきました。ゴール近くで近所の人がくれるコースアドバイスは様々で、迷いそうになるため(そもそもアドバイスを受けることが失格要件)自分の調べた道を進みます。やがて防波堤が近づいてきました。この防波堤を越えた瞬間の風景を見たいと、あきらめそうになった時何度も強く強く念じてきた瞬間です。ゴール横断幕が見ました。「やったーー!」と叫び砂浜に向かって階段を下ります。涙が溢れてきました(これを打っているときも涙が出そうになりました)。砂浜を駆け出します。脚は痛くありませんでした。

 7日と18時間13分。丹波から家族や友達が駆けつけてくれていました。静岡の友達も大阪の友達も。

ゴール後すぐに、小島選手と保谷選手もゴール。少ない言葉と強い握手。最濃の夏休みが終わりました。

レース後はインタビューを受け(様子はYouTubeをご覧ください)、家族フルサポートで帰路へ。直後のアイシングと車中睡眠が効いたのか道中尿意が復活し、緊急入院は回避。筋肉痛は無く、翌々日には無事出勤することができました。腫れた脚は1週間ほどで回復。2週間はものすごい食欲と眠気。ジョグ再開は3週間後からでした。脇腹の脂肪がなくなっていました。

少し自分に自信をもつことができるようになりました。

価値観を形成するもの

ちゃんとしなくちゃ、一生懸命やらなくちゃ、いい点数取らなくちゃ、、、

するべき、こうあるべきという価値観が、自分で作ったものだと思ってたけど、親や世間が自分に求めてたことの集合体である、なんてことはよくある、むしろオリジナルなんてものはほとんどないのでは?と、登山帰りの車の中で話してて思わされた。

そこで突然8年前に、できなかった自分、認めたくなかった自分を、それでいいんだよ、頑張ってたねって言ってもらえた時の衝撃が、なんであんなに衝撃だったのか、言ってくれた人は色々あった今でも特別で安心感を覚えるのか、認めてもらいたいと思うのか、今日なんとなく分かった気がした。

黒ボコ岩の上

TJAR2024完走記 その4

レース5日目8/15。疲労回復を優先し、予定より2時間遅れで出発です。五つ星ホテル市ノ瀬のおかげで、山の中で寝るよりしっかりと回復。目指すは塩見岳越えです。

 6時半、少し前に出発していた選手と柏木登山口から地蔵尾根へ。試走、選考会と度々通っていたため気持ちに余裕があり、長い林道を他愛のない話で笑いながら飽きずに進みます。台風の行方次第も、自身が大きく崩れなければ完走も見えてきました。さすがにきつい登りになると脚の芯に感じる疲労がありましたが、何度も聞いた「市ノ瀬からが本番」という言葉を反芻。下山者からたびたび応援をいただきました。「足のケア15分を怠るものは1日を棒に振る」と格言を思い出しながら、6時間おきに足のケアを行います。

 

 仙丈ヶ岳に着いたのは13時ごろ。小屋で水を購入。後からやってきた選手合わせて4人連なるように仙塩尾根に。アップダウンはかなりこたえましたが、苔むした森林が好きな場所なので頑張れます。

 1人の選手が脚の痛みで離れていきました。さらに進むと、足裏の痛みでリタイアを決め座り込む選手を発見。対処法は全て試したのか近くにいた選手で確認します。「誰かと話をしたか?」と尋ねると未実施。休憩しながら話していると少し元気が出てきたようで、共に進み始めました。同じ志を持つものが近くにいて話をすると力が出ることを、ここまでの旅で感じており、それが彼にも伝わったようでした。

 とはいえ、きつさは変わらず、三峰岳の登りは本当に×3できつく、眠気にやられて「10分仮眠!」と登山道脇で行き倒れのように寝ながら進みました。追って来られたマーシャル(DVDで見たOBの方々にテンション上がる!)とお話ししたり、三浦雄一郎呼吸法を行ったり、ブドウ糖を食べたり、笑ったり(疲れた時笑顔を作ると脳が勘違いして少し楽になる)、無念無想で歩いたり、これまでのトレーニングで得た前進方法を惜しみなく使用。

 

 歩みは遅く、地図とコースタイムを確認し塩見越えは諦め、手前の熊ノ平小屋で休む計画に修正。地図には主要ポイントまでの所要時間を記入しており疲れた頭で計算(これするだけで歩みが遅くなる)の必要がなかったのは幸い。

 

 19:40三峰岳を通過。寒風の抜ける三国平は暗く、道を外さないよう気が抜けず、冷えると思考が鈍るため折り畳んだマットレスを腹に巻き防寒。熊ノ平小屋に着いたのは21:40でした。アミノ酸を摂取してすぐに就寝。

 

 6日目 8/16。肌寒い2時起床。眠気は消えており、温かい食事、足ケア、トイレを済ませ、3:20出発。疲労のため起きてから出発までの時間が長く動作が緩慢になっていました。

 

 同時に熊ノ平に着いた3選手のうち、1人は先に進み、もう1人は寝ていたので、1人で仙塩尾根の続きへ向かいました。1人で歩く南アルプス稜線は瞑想のような時間。森林の中を歩くため風は弱く、すぐに暑くなり衣類を調整。暗闇の中1人先行していた選手と前後して進みます。日の出時間も曇りでどんより。塩見岳頂上あたりはガスが出ており、鎖を持つ手を滑らさないよう注意します。登って来られた三伏小屋のスタッフに、「みんな待ってるよー!」と朝の挨拶をもらい少し元気に。塩見小屋7:20着。補給多めに摂って一息つきます。小屋番のお姉さんに「これをください」って水を買うために持った1000円札を差し出しており、脳の混線に苦笑い。

三伏峠に近づくと登山者が増え始め、退屈さが紛れます。9:20三伏小屋に到着。関門閉鎖時間が17時なので貯金があると確認。完走が明確に見えてきました。熊ノ平で食べた朝食の残りを食べ足のケア。休んでおられた登山者に一挙手一投足を見つめられ緊張しました。足裏保護剤が切れていたのでリップクリームで代用。

 

 1時間休憩後に出発。コースタイムの7~8割程度で進んでいたところ左大腿部に違和感が。気のせいと思いこみ、板屋岳の登りは誤魔化しましたが、下りに入ると痛みが強く力が入りません。登山道脇に座り、駒ケ根のコンビニから大事に運んできたもっちリ餡ドーナツを投入しましたが改善しません。高山裏避難小屋に着いたときにはリタイアという言葉が頭をよぎりました。椅子に座り、痛むところを揉んでさすってみたらいける気がしたのですが、またすぐに痛み始めます。後ろからきた保谷選手が追い抜いていきました。コースタイム通りの速度に低下。疲れがどっと出てきます。荒川の登りは我慢大会。「ファイト!!」と自分を鼓舞。ここでリタイアしてもエスケープルートはなく進むしかありません。太ももを触ると凹んでいるところがあり、どうも肉離れを起こしているようでした。こうなると弱い心が噴出、このまま下山できなくなったらレースに迷惑をかけるとか、職場に迷惑かけるとか正当ぶった言い訳が次々出てきます。これまでに何度か辞めたくなっていましたが、今回のは質が違いました。リタイアすると決め、荒川小屋が眼下に見えた時にスマホを取り出し、小屋に泊まるべく空きを確認する電話をかけようとしていました。しかし、アルプス深部。電波は圏外。

 万策尽きたと思っていました。人生一呆然とした表情をしていたと思います。

 見えているのに荒川小屋は遠く時間がかかります。しかしこの時間がよかった。冷静さが戻り、関門時間を計算し、まだ大丈夫だ、寝て回復に賭けようと思い直すことができました。太ももも強く圧迫すると痛みがなくなることに気が付きました。18時10分荒川小屋で選手チェックを受け、TJARファンの方と写真を撮りテント場へ。シェルターを建てすぐに太ももを巻くようにテーピング。試しに歩くと痛くありません!希望の光が見えてきました。補給を取り、体を拭いてアミノ酸と水を摂ってすぐに就寝。

 7日目。起床後すぐさま脚の状態を確認。行けそうです。吹き出た言い訳は何だったのか。陽のあるうちに南アルプスを降りられそうです。賭けが当たりました。まだ山小屋では誰かが起きてました。横目に温かいご飯を食べ1時ごろ出発。休んでおられたスタッフが目をこすりながら見送ってくださいました。赤石岳は気持ちよく通過。大好きな百閒平でしばらく目を閉じ深呼吸。後光の射す赤石に見送られます。百閒洞山の家で二回目の朝ご飯を摂り、スタッフの男澤さんと馬場さんの通過チェックを受け元気をもらいした。小兎、兎と一歩一歩前だけを見て進みます。日本海からの距離を思うと、自分を褒めてあげたくなりました。

 強まる陽射しのなか、聖岳は壁のように感じましたが、ここまでくれば残りは丘みたいなもの。

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 朝露を全身にこすりつけ体を冷やし進みます。聖平小屋では最年長ゴールで有名な竹内さんの通過チェックを受け「自分が完走した時よりも早い」と安心の言葉をいただきました。そのさきの南岳はガスで日が遮られ、ほどよい陽気。強い疲労から登山道脇で行き倒れのように仮眠していたところ、「ハラミ」と耳元でささやく女性の声。目を開けると人はおらず目の前には揺れる草。幻聴でした(幻聴を聞くのがレース中の小目標)。気持ちよく再入眠。何分寝たのか「うわっ!!」という声に覚醒。行き倒れ風の私を見てビックリされた登山者でした。「どうもこんにちは」と軽く挨拶をして出発。最高に気持ちの良い昼寝に、野生に帰ったような気分でした。

 

 茶臼小屋14:50着。テーピングを巻き直していたら雨になり、上下レインを着て下山。テープを巻いた(縛った)左脚が浮腫み始めていました。簡単に思っていた畑薙までの下りは、ヒルにやられて凹み、薄暗く、孤独でヤレヤレ峠も本当にヤレヤレといった具合で、しまいにはラジオと男女の話し声が聞こえ始め、キャンプでもしているのかと声の方に目を向けても何も見えず、非日常のてんこ盛り。茶臼小屋に幻聴を楽しめと書かれていたことを思い出します。

18時37分畑薙着。山は終わり、残すは80kmの舗装路です。濡れた服を絞り、脚を乾かし、どれ、小走りで急ごうかと数歩走ったところ、一歩が全身に響くような感覚。痛くて走れませんでした。最後のロードをなめてました。ここまで疲れた後に道を走ったことがなく新鮮な感覚でした。ゴール制限時間は明日の24時。真夜中の全力歩行が始まりました。続く

早い春の扇ノ山

扇ノ山。扇と打ったら変換候補に現れるくらいに使っている言葉。どの山が好きと聞かれたらきっと扇ノ山と答えるだろう。

ここに数年温めている登り方があった。

麓の海上地区から、雪の上を歩いて山頂避難小屋まで行き、ご飯を食べて日帰りする。という行程。体力的には行けるのだが、出発が遅れたり、新雪ラッセルに阻まれたりと、そのタイミングがなかなかやってこなかったのである。

3/23は百四丈滝の氷のドームを見に行く予定だったが、今度はこちらの巡り合わせが外れ、同行者と相談の結果、扇ノ山に予定を変えたのである。百四丈はこの日一日私たちの頭の隅に居続けたのではあるが、それでも非常に充実した山行であった。

明けてから暮れるまで雲ひとつない青空、人気のない雪上の道、真っ白で広い雪原、春を待つ芽と非日常の景色、念願の道のり。

そして何より最高の同行者の存在。何倍にもなる感動と勝手に覚える安心感。こんなに終始幸せな山行はまず無い。この人と歩けてるんだという感動で目が潤んだのは内緒である。花粉のせいかもしれないし。

今回の山旅はとても心を穏やかに満たしてくれた。充電満タン。これを書く今でも、日々の疲れで減ってはいるがまだ続いている。

来年の百四丈も楽しみである。

篠山ABCマラソンにて自己ベスト更新

TJARの次の目標

ひとまずサブスリー(マラソン3時間切り)。

しかしスピード練習が足りないのは明らか。

カロスの腕時計も予想タイム3:14。

TJAR終わっても走っているし、以前より仲間を得てトレーニング負荷は上がっている。

ならばその成果は出してみたい、自己ベスト更新はしてみたい。

前日からカフェインを断ち、食事は油物や乳製品、繊維の多いものを避け、1.5リットルのポカリを飲み、当日は糖質主体の朝食に。

で迎えた第45回篠山ABCマラソン。

結果は3:10のベスト5分更新。

公式記録になるグロスタイムとは3:11でこれは混雑するレースほど長くなる。スタート時から前に行くしかない。

30キロ過ぎてからが本番だと言い聞かせ、腰を落とさないよう心がけ、10kmごとにマグオンを摂りスポーツドリンクで給水。

篠山の美味しいお菓子エイドも、しし汁も手をつけず、今持つ力を出し切った。

35kmあたりからの失速は著しかったが、現状なりに踏ん張れた。

サブスリーは来シーズンに持ち越し。夏にトレーニング頑張るととした。

今日は整体でメンテナンス。

疲れて右肘が開く悪癖が出ている。

夜の心配

眼鏡ユーザーは、寝込みを震災などで襲われた時、眼鏡が手元にないと途端に困ることが予想される。しかも命に関わる系。かといって裸で置いておくと寝ぼけて踏んでアウトになりそう。

そこで、今年に入ってから、眼鏡ケースにいれて枕元に置き寝ることにした。安心だ。メガネケースよありがとう。