神童子谷。有名滝に会いに行く

関西沢登りの本。その表紙を飾る滝、釜滝。

沢登りを始めた頃から何度となく写真で目にし、滝壺の美しさを聞いていました。

今回はその滝のある神童子谷へ一泊二日の沢登り旅へ行ってきました。

二日目に訪れた釜滝とその滝壺は、噂に違わず見事な青と、シンとした深さがあり、ただ感動し、水の冷たさに震えながらそこに溶け込もうと泳いで潜ってをしてきました。

ただ、日の射すハイライトシーンは見逃したので近々再訪したいと思います。

沢山人がいたので溶け込み率はちょっと低めでしたが、いい時間を過ごすことができました。

その後は犬取谷を詰め、稲村が岳タイムアタックと大日山を遊び、テクテク2時間母公堂まで下山しました。

綺麗な水のある場所に住みたいなあったあらためて思いました。

レジ袋削減するなら、

環境のためにレジ袋削減するなら、各会議で主催から配られるペットボトルのお茶や水もやめたらどうだろうか?

必要な人は自分で水筒持っていけばいいわけだし、国会から村議会まで自治体の会議などは、そのお茶代は税金から賄われているんだろうしその節約にもなる。

ただ、レジ袋削減と違ってペットボトル飲料は一気に浸透しにくい気がする。

レジ袋削減は大手小売業の売り上げには影響ないだろうし、欲しい人にはお金をもらうとなると、むしろ収益になる気がする。だって袋無くしたけど、レジで支払うお金安くなってないし。

単純な考えだけど。。

ペットボトル飲料については消費されなくなったら大手飲料メーカーが困るだろうから、環境を御旗に掲げて削減をうたっても、中々浸透しないようには思う。

まずは自分からと思って、お茶はナルゲンの500mlに、昼ごはん後の珈琲はモンベルの水筒に入れて今日は出勤しております。

珈琲買うのやめたら年間4万円近く貯まって毎年テント買えるやんと気づいたことも、マイボトル採用の理由です。

長い夜明け

ずっと気になっていた自分の短所を、思わぬ形で指摘されることがあった。

時々現れては自分も(人もかもしれない)嫌な気持ちにさせていたこの短所。

捉えることができず、直すことも出来なかった。喉の奥に刺さった魚の骨みたいに。

でも、受け入れられる言葉で指摘されたことで捉えることができた。

そしたら、直せるような気がしてきた。直すことによってあきらめずに、また前を向くことができるような気がした。

だから、ぼくはその可能性にかけることにした。

長い夜明けに向かって進めるかもしれないと思った。

恋ノ岐川(小湯ノ俣川)を登る

4連休は、所属する山岳会の山行に参加し、新潟県にある恋ノ岐川遡行に行ってきた。

沢は難しいところはなく、体力さえあれば進める優しい綺麗な所だった。

雨天により、オホコ沢からのエスケープだったが、緑濃ゆい東北の沢を体験することができた。

今回は、なるべくなるべく前を見て進むことを頑張った。過去の忠告を思い出し後ろを振り返らず前に前にを意識し、先頭をなるべく歩いた。

それでも後ろを見ることがあったし、気になることもあったが、ただひたすらそれを意識していた。参加していた多くの方のお陰で、学びもあり、ためになる事も多々あった。

苦しくならないように、その事態からなるべく離れるために敢えて普段しないような事もやってみた。

お陰で、瞬間瞬間は楽しいものの、トータル微妙な感想を抱くに至った。自分の時間とお金を使って他の事に気を遣いまくってそれなら、今後の参加の仕方も考えなくてはならないなと思った。

人は結局したいようにするんだ、という言葉を思い出した。

山の仕事道

新温泉町にある、山から樹を切り出すときに使われていたトロッコ道を案内してもらった。

距離は短かったけど、信頼できる人と歩く道は五感を通して入ってくるものがいつもより多く、山博士とその師匠コンビによる学びが合わさって濃い時間であった。

触れるもの見る物全て美しく

流れる水は本当に綺麗で

僕には全てが満たされた一日だった。拾ったカンラン石のまぁるい音が、大好きな声と似た響きだった。

山に住み、その日の天候や水量を見て行動を決められる、そんな暮らしをしたいと思った。

少しだけLINEで会話して、それで癒された。

睡眠不足や複雑な心境で不機嫌だったけど。

どんな薬よりも優しくてよく効く。

毎日懸垂

雨を理由に走る事が減っている。

先週は全く走っていない。

今続けているのは懸垂。自作の懸垂マシーン、いや懸垂場所で1日最低一回。その場所が目に入ればその都度やっている。

朝一懸垂は血圧が一気に上がる気がして、身体的にはあまり良くない気がしているが、よくやっている。

あとは風呂の前にも。

お陰で、できる回数が2回増えた。手で触って分かるくらい脇の下に筋肉がついてきた。

人生初の逆三角形体型になれるかどうだか。

楽しく続けていこうと思う。

ザックの背負い心地が変わったらどうしよう?服が着れなくなったらどうしよう?が目下の心配事。

山の師匠は釣りの師匠でもある。

その師匠を見ていると、動きに無駄がなく、でも山を愛し、考えにも行動にも遊びがありストイック過ぎず自然体という言葉を感じる。

道具は使いこなされ無駄がない。

ウルトラライトとかファストパックとかそんな言葉がどーでもよくなってくる。

考えて山に行き、経験を重ねて動きも道具も洗練されてくると、自然と無駄がなくなりウルトラな方向に向かって行くんではないかと思える。

言葉先行ではなく、行動先行、行動に至るまでの思いを大切に山に行こうと思う。

多くの利益がある地名

大切な人が生まれた里の地名

時々そこから、やってくる人がいる。

そしてパソコンの画面に表示される。

その地名が気になっていたのは3年前から同じだけど、

今日はうれしさにつつまれて、涙が出そうになった。3年前の弾けた嬉しさでもなく、2年前からの、会えない、繋がらない寂しさでもなく、しっとりと膨らむ優しい明るい気持ちに満たされて、パソコンの画面を見ながら涙が出てきた。

仕事中だったから

振り切って、立ち上がったけど、

ありがとうを何回も心のなかで叫んでいた。

全てが揃った日曜日

渓谷で山と大切な人とそれだけ。そしてそれが全てだった。それでよかった。

全てがただ美しくて、思い出すと涙が出てきそうになる。

傲慢でもなんでも、何があっても、それそのものが、裏も面も全て、私にはかけがえのない大切なもの。夢かもしれないけど、ただただありがたかった。